# exploit について

IT系の文脈、特にセキュリティ関連の内容に慣れている人なら、今さら何ということのないこの単語ですが、見慣れない人にとってはなかなか厄介なようです。

Along with the tremendous progress in Internet technology in the last few decades, the sophistication of the exploits and thereby the threats to computer systems have also equally increased.

このように名詞としても使われ、同じ文章のすぐ次のパラグラフには動詞としても出現します。

Threat is a potential risk that exploits a vulnerability to infringe security and cause probable damage/disruption to ...

三大英和大辞典*1にも、わりと新しく改訂された英和学習辞典*2にも載っていません。

英辞郎には載っています。こういうところはさすがに得意。

1.〈俗〉《コ》セキュリティー上の弱点、突破口◆【語源】もとハッカー用語。システムに侵入[を攻撃]したいハッカーから見ての「偉業、すごいこと、うまい抜け道」 ⇒ 一般人から見て「不具合、まずいバグ」
2.《コ》セキュリティー上の弱点を突く手段[ツール]

ただし、名詞だけです。手持ち辞書のレパートリーがないと、このくらいで手詰まりかもしれません。

『ビジネス技術実用英語大辞典』、いわゆる「うんのさん」はもちろん拾っていて、しかも、遡ってみると第3版(2000年)から載せています。この辺が「現役翻訳者さんが作っている辞書」のすばらしいところです。

vt. 〈資源など〉を開発[開拓, 採鉱]する, ~を活用する[利用する, 引き出す], ~を搾取する[食い物にする], 〈弱点〉を利用する[を突く, につけこむ], ~に乗じる, 悪用する; an ~ 《コンピュ》悪用, 功績[手柄]

(第3版、赤字は引用者)

vt.〈資源など〉を開発[開拓, 採鉱]する, (徹底的/十分/フルに)利用する[引き出す], 有効活用する, ~を搾取する[食い物にする], ~から収奪する[搾り取る], 〈弱点〉を利用する[を突く, に付け込む], ~に乗じる, 悪用する; an ~ 功績[手柄], 《コンピュ》(脆弱性の)悪用, 弱点をついた攻撃, エクスプロイト(*不正侵入または攻撃するためにシステムの弱点を利用する[に付け込む]こと, またはその手口, 仕組み, プログラム)

(第6版、赤字は引用者)

動詞と名詞の記述がちょっと曖昧ですが、まず動詞として「悪用する」という訳し方が示されているのは貴重です。こちらは、もともとあった「弱点〉を利用する[を突く, につけこむ]」という意味から、現場の経験から訳語の工夫として出てきた語彙でしょう。ほかの辞書も、早く採用してほしい訳です。

それから、名詞のほうはただの「悪用」だけから、カタカナ語の「エクスプロイト」を採用し、さらに「~利用する[に付け込む]こと, またはその手口, 仕組み, プログラム」と、抽象名詞から具体名詞までをくまなくカバーしています。早くも第4版(2002年)からこの記述になっているのは驚きです。現時点で、英和辞典ではこれがベストでしょう。

project-pothos.com

こういうことが少なくないので、やはりこの辞典は

翻訳者必携

といえるわけでした。

英和と英英で、新語・新語義の採用の早さに差が出ることもあります。こういうときは、必ず英英辞典も見にいきたいものです。ただ、英英でも対応しているのはまだ少数派です。先に書いておくと、American HeritageとOxford系だけでした。

2. Computers A program or system designed to take advantage of a particular error or security vulnerability in computers or networks

【AHD】

II. Senses relating to exploiting a weakness.
II.5. Computing. A means or method of taking advantage of a flaw or vulnerability in software or hardware, typically for malicious purposes (such as installing malware or gaining remote control of a system). Also occasionally: such a flaw or vulnerability.
1994 If we write an exploit script for something, we obviously understand how it works.
Re: Plea for Calm in comp.security.unix (Usenet newsgroup) 14 May
2009 The reliability and robustness of an exploit depends greatly on the qualities of the vulnerability that it takes advantage of.
C. Miller & D. D. Zovi, Mac Hacker's Handbook v. 113

【OED。用例は最古と最新のみ掲載】

Oxford の一般辞書サイト*3も、これに準じる語義を載せています。

どちらも名詞しか載せていませんが、おそらく動詞のほうは従来の語義、つまり

2. To make use of selfishly or unethically

【AND】

この辺と別に立項するほどではないという判断なのでしょう。そう考えると、「うんのさん」が「悪用する」を載せているのは、本当にありがたい。

今なら、こういう新語・新語義について、生成AIに相談してみる手もあります。ChatGPT、Microsoft Copilot、Gemini で試してみました。その結果もなかなかおもしろかったのですが、記事が長くなりすぎるので今日は省略。

ひとつだけ、親切だなと思ったのはMicrosoft Copilotです。最後に参考サイトをリストしてくれます。今回提示されたのは、

What Is an Exploit? - Cisco
Exploit in Computer Security | Fortinet
What You Should Know About Vulnerabilities, Exploits, and Vulnerability Management

など。いずれも、きちんとした情報を提供している専門企業のサイトです。むやみにGoogle検索するより、こういう調べ方のほうが近道かもしれません。

 

*1:いうまでもなく、『新英和大辞典 第6版』『ランダムハウス英和大辞典 第2版』『ジーニアス英和大辞典』のこと

*2:『ジーニアス英和辞典 第6版』『ライトハウス英和辞典 第7版』。『ウィズダム 第4版』は2018年なのでやや古くなりつつありますね。

*3:ODEに相当。すこし前からこちらも有料。