# 漢字の話、二題

『新九郎、奔る!』の最新刊を読んでたら、見慣れない単語が出てきた。

度重なる寺社領返還の命に従わず、押妨〈おうぼう〉を繰り返す彼〈か〉の者に、余自ら鉄槌を加える!!

(カッコ内は原文ママのルビ。太字は引用者)

まだ若い足利義尚が、ある場面で口にするセリフ。このなかの「押妨 おうぼう」というのは知らなかった。「横暴」ではない。さっそく辞書を引くが、さすがに小型辞典には立項されていない。

〔「おうほう」とも〕
力や不当な方法で他人の所領地などを侵すこと。 「先例にまかせて入部の―をとどめよ/平家物語 一」【大辞林四】
(「おうほう」とも)
正当な権利を持たない者が、暴力的あるいは不当な手段で土地横領、所領侵入、不当課税などの非法な行為をすること。
*石山寺所蔵虚空蔵念誦次第裏文書‐康保三年〔966〕三月五日・藤原公忠解(平安遺文一・二八七)「臨成熟之期、忽有横妨、其妨之趣、或人々為労済、得意者、廻左右謀計所横妨也」
*日葡辞書〔1603~04〕「Vôfo (ワウハウ)。ヲサエ サマタグル(vô はvo の誤り)」【日国/JK】

そのほか、『広辞苑七』『デジタル大辞泉』と古語辞典には載っている。こういう言葉づかい、ゆうきまさみはさすがだよね。

ちなみに、16巻では龍王丸*1がおもしろくなってきた。

カミさんと雑談をしていたら、「薬をのむ」っていうとき書くとき、「飲む」という漢字を使えるのは知ってるけど、自分では使いにくい。「服む」と書きたいという。気持ちは分からないでもないが、まあ今では使えないよなぁ……と思いつつ、さっそくこちらを引いてみる。

「飲む・呑む・喫む・嚥む」の4つしか載っていない。国語辞典でも、まず載っていない。やはり、当て字の部類なんだろね。

『新選漢和辞典』とか『字通』(ともにジャパンナレッジ)には、〔意味〕として「薬をのむ」は載っているが、〔読み〕の欄に訓読み「のむ」が載っているわけではない。でも、〔意味〕として載っていれば、それが当て字的に使われることは多いものだ。

こういうときのために「青空EPWING」がある。少し古い日本語の用例をたくさん拾えて便利。なお、「青空EPWING」は先日お知らせしたように、翻訳フォーラムのアーカイブで公開が再開されている。

baldhatter.hatenablog.com

泉鏡花、島崎藤村といった用例も見つかるが、圧倒的に多いのは古川緑波だ。ただ、出店は『古川ロッパ昭和日記』だったので、つまりその日の記録をつけながら「○○服む」と頻繁に書いていたのだった。

さて、以上二題のどちらでも私は辞書(紙の辞書、物書堂、DONGRI、ジャパンナレッジ)を使いましたが、今だとたいていの人はネットで検索するんでしょうか……。

goo辞書とかコトバンクで、『デジタル大辞泉』も『精選版 日本国語大辞典』も見つかりますよね。「服む」も、玉石混交ながらいろいろヒットします。普通はこれで終わりでしょう、たぶん。

でも、今回も青空文庫まで手を出したから、「なるほど、古川緑波の日記って昭和の記録として貴重だよなあ」とか、そんなことを思い出せたわけです。ロッパを知らなかった人には、出会いのきっかけになったかもしれません。

だからネットはダメなんだ、などと言うつもりはありません。ただ、ことばでもファクトでも、何か調べるっていうのは、いま必要な何かを解明するというだけでは、たぶんないだよね、とは思うわけです。

 

 

 

*1:のちの氏親。今川義元の父ちゃんだ!