# 辞書の引き比べで見えてくること

いよいよ、来週に迫ってきました。「比べて極める辞書の世界」

すでにかなりの数のお申し込みがあり、本人も鋭意、資料作成中です。

 

ところで、辞書を比べるという話なら、国語辞典に限られますが、こちらの本も楽しく読めて、たいへん参考になります。

この本の第一章には、

国語辞書は「引き比べてなんぼ」である

と書かれています。

来週のイベントで私がお伝えしたいのも、実はまさにこの点です。違うのは、範囲が英語の辞典(英和、英英)にまで広がるところ。

「引き比べてなんぼ」の実例は当日いろいろお話ししますが、私がつい最近遭遇した事例を少しだけ紹介しておこうと思います。

数日前に、「ぶっちゃけ」という語が「もともとは2003年に放映されたあるドラマで主人公が言った言葉」だという記述を見かけたので、さくっと調べてみました。

こういうときはどこから調べるかというと、「ジャパンナレッジ」です。

japanknowledge.com

新語をすぐ載せる『デジタル大辞泉』もあるし、『現代用語の基礎知識』と『情報・知識 imidas』もあるからです。

しっかり載ってます。

「ぶっちゃけ」[新語流行語]
「本当のことを言うと」の意。2003年1~3月に放映されたテレビドラマ「GOOD LUCK!!」(TBS系)で木村拓哉演じる主人公が多用してはやった。同ドラマの最終回は37.6%の視聴率を記録した。

案の定、『情報・知識 imidas』が採用しています。そして、なるほど、私が見たとおりの情報が載っていますね。キムタク信長でしたか。

同系列の資料として、『現代用語の基礎知識』にも、2019~2022年の4年分すべてに載っています。

ぶっちゃけ【2022】
率直に言って。「ぶっちゃけ、どーよ」のように使う。

『デジタル大辞泉』はというと、「ぶっちゃけ」の項はなくて動詞「ぶっちゃける」だけでした。

ぶっ‐ちゃ・ける
[動カ下一]《「ぶちあける」の音変化》「打ち明ける」を強めていう語。「―・けた話、会社をやめたい」

そして、この動詞形であれば『日本国語大辞典』にも載っています。

ぶっちゃ・ける 【打明】
〔他カ下一〕
「ぶちあける(打明)」を強めていう語。
*にんげん動物園〔1981〕〈中島梓〉五一「ところが、ぶっちゃけてしまうと、そうではないのだよね、やせたがる女の子の心理というものは」

こうやって、初出(とは限らないが、わかっている限り早い時期の用例)が載っているのは本当に助かります。

ただし、日国の項目はあくまでも動詞であって、「ぶっちゃけ」という副詞になったのは、たしかにもっと新しい用法なのかもしれません。

そこで、手元にある『現代用語の基礎知識』を年代別に追ってみました。

ぶっちゃける〔若者用語〕
本心を言う。暴露する。

初登場は2002年で、しかも動詞です。日国では1981年の出典が示されているものの、世間的にはこの頃から知られるようになったのでしょうか。これが、翌2003年版になると

ぶっちゃけ〔若者用語〕
ぶっちゃけた話が。率直に言って。「ぶっちゃけ、オレ金ないんだ」。

副詞として立項されます。

とすると、たしかにこの頃に、動詞だけの用法から副詞の用法が広まったのかもしれないと考えられます。ただし、imidasでは「主人公が多用してはやった」という書き方になっている点には注意が必要でしょう。これが「もと」だったと断定しているわけではありません

ちなみに、『三省堂国語辞典』も、第三版の第5刷(1982年12月)には動詞「ぶっちゃける」が採用されています。すいません、これより古い三国は持っていないので、そこまでは検証できませんでした。

【14時追記】辞書クラスターの方が、二版の状況を教えてくださいました。二版には「ぶっちゃける」ないそうです。ありがとうございます!

 

以上は、まあ私たちの仕事に直接は関係のない「愉しい話」の類ですが、次はもっと直接的に関係しそうな例です。

The trick is integrating all the information you collect so it can be used by as many people as possible in your organization to make good decisions.

よく見るtrickです。学習英和辞典をいくつか引いてみます(赤字はいずれも引用者)。

3《…する》秘訣, こつ, うまいやり方 《of doing》
The trick is ∟to connect [⦅比較的まれ⦆connecting] the red cable first. 要は赤いケーブルをまず接続することです
the tricks of the trade 商売[仕事]の要領
the trick of making a fire 火を起こすこつ.

これが、いつも私が推している『ウィズダム英和辞典 第4版』

4《略式》[通例単数形で]〔…の/…する〕こつ, 秘訣, 要領〔of / of [for] doing〕《◆knack より口語的》
「a trick[the tricks]of the trade 商売のこつ
She hasn’t got[learned]the trick of cooking yet. 彼女はまだ料理のこつを身につけていない
There’s a trick to it. 少々こつがいるんだよ.

こちらが、『ジーニアス英和辞典 第5版』です(ついでにいうと、先日出たばかりの第6版でも変わっていませんでした)。

どちらも例文を3つ挙げていて、しかも用法別の代表的な文になっています。こういう用例の種類とバランスは、学習レベルの辞典の要素としてとても大切。

違うのは、ウィズダム4が "The trick is connecting ..." と動名詞の続く形を「比較的まれ」としながら挙げていること。それから、G5/G6が「通例単数形で」と書いている点です。たしかに、The trick is ... が定番で、The tricks are ... というのは見たことがありません。

ただし、英和辞典ひとつの記述だけで納得してしまうのも、実は万全とはいえないと私は思っています。

もう少し調べてみると、Oxford Learner's(OALD)にこうありました。

good method
[usually singular] a way of doing something that works well; a good method
- The trick is to pick the animal up by the back of its neck.
- He used the old trick of attacking in order to defend himself.

"usually singular"という説明が、G5/G6と同じです。これで、「通例単数形」という記述がしっかり裏付けされたことになります。

ふだんの仕事をしながら、いつもいつもこんなに細かく「引き比べる」ことはできないかもしれませんが、ここぞというときには、このくらい「引き比べる」を徹底してみると、その言葉に関する理解度も定着度もまったく違ってきます。

しかも、引き比べも、慣れてくれば実はそれほど時間はかかりません。

 

ということで、来週はこういう「辞書の引き比べ」がいかに大切か、その点をじっくりお伝えします。2週間のアーカイブ配信もあります!