前回の記事の末尾に、「類語辞典ではなく国語辞典でも類語は調べられます」と書きました。今回はその話です。
類語に関して最強の国語辞典(当社比)は、これです。
ただし、残念ながら絶版のようで、中古は定価の1.5倍以上になっています(4/20現在)。入手しにくい本を紹介するのはやや気が引けるのですが、もし気になったら、中古で値が下がるタイミングを狙ってみてください^^; あるいは、版元にどんどん問い合わせしたら、再版してくれるかもしれません!
これ以外に今回ご紹介する辞書は、普通に手に入るはずです。
そして、
です。
●小学館『日本語新辞典』(松井栄一 編)
約6万3000語を収録し、発行は2005年と比較的新しい辞書なのですが、初版だけで途絶えてしまいました。
この辞書がいかに意欲作だったかは、『日本語新辞典』という書名によく現れてます。「国語~」ではなく「日本語~」です。その意図は「序」に書かれています。
これまでの国語辞典の利用者は、大半が幼いときから日本語を使って育ってきた日本人であった。だから、そのことばに当てる漢字表記や簡単な意味の記述が示されていればそれでよいと考えられてきた。しかし、現在では、日本語を学ぶ外国人が使用することも考慮に入れる必要があるし、類似の意味のことばの違いを外国人に聞かれたときに、答えることができるような配慮も必要である。国語辞典ではなく、日本語辞典の時代になったのである。
少し長めに引用しました(赤字は引用者)。「序」には、具体的な工夫についても書かれています。
- 主な動詞の項目に、共起する名詞の種類(モノ、コト、ヒト、トコロなど) と助詞を示す
- 形容詞、形容動詞、副詞などのプラス/マイナス評価を顔文字で示す
- 約1500の類語欄を設ける
などです。1つ目は、『てにをは辞典』などと同じアプローチの簡略版です。また、形容詞などのプラス/マイナス評価は、東京堂出版の『現代形容詞用法辞典』『現代副詞用法辞典』にも通じる工夫と言えます。
そうした狙いどおり外国人が使える辞書になっているかどうか私には判断できませんが、少なくとも、上の赤字で示したような目的に適う作りになっています。そして、こういう視点は、翻訳者にもぴったりだと思いませんか?
翻訳するとき(に限らず日本語を書くとき)って、ふだん無意識に日本語を使っているときより何倍も何十倍も、構文、語句の使い方、使い分け、表記といったことに神経をつかっているわけです。そいうとき補助になる情報がほしい。となれば、日本語話者向けの浅い説明より、日本語学習者を意識した詳しい情報が役に立つのは当然です。
この辞書が続かなかったのは、世間一般から見ると中途半端だったからかもしれません。判型は中型辞典、つまり『広辞苑』や『大辞林』に近いのに、収録語数は小型辞典なみです。だからこそ、一語一語に十分な説明スペースを設けられたわけですが、いかんせん、そういう使い方を求める消費者は少なかった……ということだったのではないでしょうか。翻訳者の使い方にぴったり、とはいえ、翻訳者なんてヨノナカ的には少数派ですもんね。
では、この辞書の類語欄です。サンプルとして、「夫婦」の項に載っている類語欄を紹介します。
最初に示されるのは、前回の記事の『使い方の分かる類語例解辞典』でもご紹介した、マトリックス方式です。類語の使い分けと簡単なコロケーションがわかります。続いて、1、2……と、各単語について詳しい記述があります。この部分の詳しさが、他の辞典にはない、この辞書最大の特長です。
●小学館『現代国語例解辞典 第五版』(林巨樹・松井栄一 編)
西練馬さんによると、標準的な表記の拠り所になる国語辞典です。また、『明鏡国語辞典』のように正しい正しくないという観点ではなく、言葉の使い方に関する説明が懇切丁寧です。たとえば、「次第」の項には、
③動詞の連用形に付いて、その動作がすんだら直ちにの意を表す。
※③は動作・作用の完了の意味をもつ漢語のサ変動詞に限り、「し」の重なりを避けて語幹に接続する形も行われている。「到着次第」「終了次第」など。
こんな記述があります(赤字は引用者)。これなど、私は「到着し次第」「終了し次第」が正しいと思っていたので、添削するときに確認して大いに助けられました。
この辞書でも、類語欄には マトリックス方式が使われています。ただし、形式は少し違います。
『日本語新辞典』ほど詳しい類語解説はありません。あくまでも、用例で使い分けを語るというスタイルです。が、『日本語新辞典』なき今となっては、国語辞典に類語の使い分け情報も求めるなら、これがベストチョイスではないかと思っています。
ちなみに、いくつか紹介しているマトリックス方式は『現代国語例解辞典』のほうが先なんだそうです。第4版から『現代国語例解辞典』の編纂に加わった松井栄一氏が、『日本語新辞典』でさらに拡充させたという時系列でしょうか(その辺は、そのうち西練馬さんたちに聞いてみたいと思います)。
では、類語情報は『現代国語例解辞典』より『日本語新辞典』のほうが必ず詳しいのかというと、そうとも限りません。たとえば、「たち、ら、ども」の使い分け情報は、こうなっています。
これ ↓ が『現代国語例解辞典』、
こちら ↓ が『日本語新辞典』です。
解説文による使い分け情報は『日本語新辞典』のほうが詳しく書かれていますが、マトリックスを見ると『現代国語例解辞典』のほうが用例が豊富です。こういうこともあるわけで、どちらが役に立つかは、もちろん使う人の状況しだいです。
ちなみに、『現代国語例解辞典 第五版』はイーストエデュケーションが運用しているDONGRIという辞書ポータルサイトで利用できます。
というわけで、『日本語新辞典』が入手できない今、これからそろえる「類語にも強い国語辞典」なら、この『現代国語例解辞典 第五版』です。
では、松井栄一氏が『日本語新辞典』につぎ込んだ、あの膨大な類語情報は、もう普通には手に入らないのでしょうか……。
幸い、その一部だけであれば、今も入手できます。それが、今回ご紹介する3冊目です。
●小学館『ちがいがわかる 類語使い分け辞典』(松井栄一)
巻頭の「はじめに」に書かれていますが、『日本語新辞典』に収録されていた約1500の類語欄から501グループを取り出して再編集を加えたのが本書です。
したがって、ものによっては、『日本語新辞典』のときとほぼ同じ情報を今でも見ることができます。
上にあげた「夫婦」の項です。
今回ご紹介した3冊、いずれも松井栄一という方が関わっています。これ、辞書のお世話になる職業であれば知っておきたいお名前です。『辞典語辞典』にも出てきます。
読みも必ず確認しておきましょう^^