# 「特作」からいろいろと

feature film

という言い方があります。もちろん、「長編映画」のこと。

なんで "feature" なのかというと、もともとは長短とりまぜて何本か上映するなかのメインだった(特にサイレント映画の時代)からだそうです。ただし、長さの条件はいろいろで、英語版Wikipediaによると40分以上とか75分以上とか、時代や団体によって定義は違うらしい。

さて、たまたまこの単語を辞書で引いたら、こんなのが目にとまりました。

- n. (主要な上演物としての)長編特作映画 (cf. feature n. 2 c).[1911]

『研究社新英和大辞典第6版』です。

ん? 「特作映画」?

特作?

最初は何のことかわかりませんでしたが、「ちょうへんとくさくえいが」という響きに、なんとなく聞き覚えがあるような気もします(子どもの頃はまだ"ニュース映画"をやってた世代ですから)。

ということで、またどうでもいいことをいろいろと調べてしまいました。

まず、国語辞典から。現行の主な国語辞典にはず立項されていません。

全文検索でかろうじて見つかったのがこちら。

エソの皮や筋で造ったこの皮竹輪は、カマボコ食いの大通人をして満足させる、日本無比の超特作的逸品である、〔獅子文六・てんやわんや〕

 『学研国語大辞典』で、「通人」の用例として引かれています。

そして、あとひとつだけ見つかったのがこれ。

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引用ではなくスクリーンショットを貼ったのは、このちょっと古い活字印刷をお見せしたかったからで、出典はこれです。

ローマ字で引く 国語新辞典 [復刻版]

ローマ字で引く 国語新辞典 [復刻版]

  • 発売日: 2010/07/23
  • メディア: 単行本
 

研究社の国語辞典って今では珍しいと思いますが、昭和27(1952)年に出た元本の復刻版です。語釈にときどき光るものがあって、暮しの手帖事件*1のときにも、いくぶんプラスの評価が付いたりしています。

ここまででお気づきでしょうか。「特作」を最初に見かけたのが『研究社新英和大辞典』、そして手持ちの国語辞典で唯一だったのがこの『ローマ字で引く 国語新辞典 復刻版』。つまり、どちらも研究社さんなんでした。

そこで、今度は英和・和英を全文検索してみます。

とくさく1【特作】 (tokusaku)
a special production; 〔映画の〕 a special film; a feature.
ちょうとくさく【超特作
a superproduction;〔映画の〕a superfilm.
▶100 万ドルの超特作 a one-million-dollar "Super Special."

 『研究社 新和英大辞典 第5版』です。

feature fìlmだけでなく、feature とその周辺語、関連語まで検索の範囲を広げてみると、

feature
2b ;〘映〙《同時上映されるもののうちの》主要作品,長編特作映画,フィーチャー(フィルム) (= fìlm)
feature-length
a〈映画・読物が〉長編[長篇]の,特作並みの長さをした.
special
- n 2 ;〘映〙 特作;〘テレビ〙 特別番組,特番.

いずれも『リーダーズ第3版』、つまり研究社です。

film
◆a feature film (主要な上演物としての)長編特作映画

こちらは『新編 英和活用大辞典』で、やはり研究社。

feature fìlm [pìcture]
長編特作映画.

こちらは『英和中辞典 第七版』、研究社の学習英和です。

やっばり、研究社さんばっかり……?

研究社以外にも、

feature film
長編特作映画 [95IP・ビジネス]
feature picture
長編特作映画 [95IP・ビジネス]

『180万語対訳大辞典にあり、

crank out 句動詞
If you say that a company or person cranks out a quantity of similar things, you mean they produce them quickly, in the same way, and are usually implying that the things are not original or are of poor quality.
量産する
In 1933 the studio cranked out fifty-five feature films.
1933年にその撮影所は55本もの特作映画を次々と作り出した.

という用例が『コウビルド米語英英和』にもあるので100%ではないのですが、

研究社さんは「特作」が大好き

らしいことがわかります。

どうやら、研究社の英語辞書編纂の系譜として「特作」を受け継いでいるのだと思われますが(意図的かどうかは不明)、もしかしたら、

feature
④新聞等の特輯記事.特作映画.映画の主演.

というのが『熟語本位 英和中辞典』 にあるので、研究社さんが最初にこれを借用して、それ以来ずっと引き継がれているのかもしれません。 

『熟語本位 英和中辞典』とは、大正4(1915)年に出た、日本の英和辞典史に残る名辞典です。編纂者である英語学者・斎藤秀三郎の名から「齊藤英和」とも呼んだりします。ありがたいことに現在は見やすくなった新版が、しかもCD-ROM付きで岩波書店から出ています。

熟語本位 英和中辞典 新版 CD-ROM付

熟語本位 英和中辞典 新版 CD-ROM付

 

CD-ROMに収録されているのは残念ながらPDFファイルなので、検索性はけっしてよくありません。ただし、そのPDFが2種類付いているところは◎です。

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これが活字を新しくした「新版」、つまり書籍本体と同じ内容のPDF。

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こちらが昭和27(1952)年刊の「新増補版」のままのPDFです。

念のため補足しておくと、岩波のこの「新版」は、「新増補版」をきれいにしただけではありません。

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これはfeatureとは関係なく、たまたま同じ見開きにあったfearsomeという単語ですが、右の欄外に「校注」が付けられています。この校注情報がスゴい。つまり、『熟語本位 英和中辞典 新版』は、元本の研究書にもなっているわけです。

それから、もうひとつ付け加えておくと、この『熟語本位 英和中辞典 新版』を、私はふだんからPDFで検索しているわけではありません。

projectzephyr.osdn.jp

おなじみ、EPWINGジェダイこと大久保克彦さんのおかげで、EPWING化したデータを使っています*2

話がどどーっと横にそれてしまいましたが、最後に「特作」の用例がどれだけ少ないか、見つかった例をあげておきます。

「青空文庫」(これも、大久保さん作のEPWINGで全文検索)では、久保田万太郎が1例(『雷門以北』)、夢野久作が3例(いずれも『ドグラ・マグラ』)だけでした。『ドグラ・マグラ』から1例だけ引きます。

勿体なくもK・C・MASARKEY会社の超々特作と題しまして『狂人の解放治療』という、勿論、今回が封切の天然色、浮出し、発声映画と御座いまして、出演俳優は皆、関係者本人の実演に係る実物応用ばかり……

一読しただけで時代の空気に吸い込まれそうな文章です^^

一方、ジャパンナレッジの全文検索でも見つかる例は少なく、『日本大百科全書』の「アメリカ映画」に関する記述と、『デジタル大辞泉』で「テレフィーチャー」の語釈、そして『国史大辞典』の「内田吐夢」の説明くらいでした。

内田吐夢
牧野教育映画、特作映画社などを経て、同十五年日活京都大将軍撮影所に入社、翌昭和二年(一九二七)監督に昇進。

「特作映画社」などと会社名になるくらい、当時は一般的だったのでしょう。

齊藤英和、『ドグラ・マグラ』、内田吐夢……

「特作」という言葉は、だいたいこの時代のもののようです(OEDを見ても、初出は1911年)。研究社さんはきっと、この時代の言葉を今でも大事にしているのですね^^

*1:容赦ない商品テストで知られる『暮しの手帖』1971年春号(第2世紀10号)で、なんと国語辞典が商品テストの対象となったときのこと(p.104~「国語の辞書をテストする」)。当時出版されていた小型国語辞典がのきなみダメ出しされ、その後の国語辞典編集の方針に多大な影響を与えたとされている。

*2:ここにあるのは、岩波版付属CD-ROMからEPWINGデータを作るタメのツールとノウハウであって、元データとなるCD-ROM付き書籍は当然、自分で購入する必要がある。