# ミスリード 2024年版

ちょうど1週間前に、こんな記事を書きました。

baldhatter.hatenablog.com

このとき、作者ゆうきまさみの使う日本語について触れたなかで「ミスリード」という言葉に関する旧ブログ記事へのリンクをはりました。

baldhatter.txt-nifty.com

この記事では、いくつかの国語辞典での定義を引用したものの、

岩国、明鏡、新明解には立項がありませんでした。

と書いています。あわせて、わたしが漫画で見かけた実例を2つ紹介しました。

ひとつは『ちはやふる』。そして

もうひとつが、ゆうきまさみの白暮のクロニクルでした。

最近、また別の漫画の例も見つけ、辞書の収録情報もだいぶ変わってきていることがわかったので(そもそも、わたしの手持ちの辞書も増えたので)、この話を2024年版にアップデートしてみることにしました。

念のために、旧ブログでもやっていた品詞分解を繰り返します。

『ちはやふる』の例:
ミスリードさせられた ⇒ ミスリードさ++られ+た

『白暮のクロニクル』の例:
ミスリードさせようとする ⇒ ミスリードさ++よう+と+する

この「ミスリード」が、英語の mislead なのであれば、「<人を>間違った方向に導く」という他動詞のはずです。ところが、上記ふたつの漫画の例では「ミスリードする」は他動詞ではなく自動詞として使われています。だから、直後には使役の助動詞「せる」が続いているのです。

そうすると、やはりこの「ミスリード」は mislead ではなく misread なのかと考えたくなります。

では、以前の記事から8年たった最近の国語辞典ではどうなっているか、いくつか挙げてみます。

ミスリード〔mislead〕(名)スル
①誤った方向に人を導くこと。
②新聞・雑誌などで、見出しと記事の内容が著しく異なっていること。【大辞林 四】

大辞林は、旧ブログで引用したとき(第三版)と変わっていません。8年前に立項していなかった『岩波国語辞典』と『明鏡国語辞典』には、それぞれ以下のように追加されました。

ミスリード〔mislead〕[名]
①[他サ変]人を誤った方向へ導くこと。
②新聞・雑誌などで、見出しと記事の内容が大きく異なること。
◆「ミスリーディング」とも。【明鏡 三】
ミスリード〘名・ス他〙
①誤った方向に導くこと。「捜査を―させる」
②新聞・雑誌などで、見出しと記事内容とが違うこと。
▽①②はmislead
③読み間違えること。「主張を―してしまった」
▽misread【岩国 八】

『新明解国語辞典』は第八版になっても立項していません。おもしろいところです。なお、語義の②は今回の話とは直接関係ないので、のちほどさらっとだけ触れます。

ここで注目したいのは『岩波国語辞典 第八版』のうち、赤字にした部分です。①の原語は mislead、③の原語は misread だと書いています。こういう細かさも、岩国らしい記述です。

もうひとつ、『三省堂 現代新国語辞典 第七版』から引用します。

ミスリード
〈名・他動サ変〉[mislead
まちがった方向へ導くこと。まちがった判断をさせること。ミスリーディング。「[テレビで]視聴者を―する」
ミスリード
〈名・他動サ変〉[misread
[作品の]誤読 ごどく。【三現新 七】

この辞書だけ、原語に応じて2つの別項目として載っていました(こちらも、赤字は引用者)。『岩波国語辞典』よりさらに詳しく、現代の高校生の言語生活に対する細かい配慮がうかがえます。しかも、misread のほうの語義が載ったのはこの第七版(2023年)からで、ひとつ前の第六版(2019年)には載っていません。そこからも misread の意味の「ミスリード」のほうが日本語のなかでは新しい使い方なのだろうと推測できます。

同じ辞書の版違いを持っていると、こういう言葉の変化を確認する役にも立ったりするわけです。ちなみに、この『三省堂 現代新国語辞典』は、高校生向けの辞書として、新しい日本語の変化に常に対応するという方針があるからか、どの国語辞典より短い間隔で改訂されています。わたしが持っている版だけでも、

三省堂 現代新国語辞典 第三版    2007
三省堂 現代新国語辞典 第四版    2011
三省堂 現代新国語辞典 第五版    2015
三省堂 現代新国語辞典 第六版    2019
三省堂 現代新国語辞典 第七版    2023

と、常に4年間隔です。新語に強いといわれる『三省堂国語辞典』ですら、改定間隔は5~10年ですから、これは驚異的な頻度といえます。

 

ということで、最近気づいた3つ目の例がこれ。『映像研に手を出すな!』の第2巻です。

浅草氏のこのセリフも、品詞分解してみると、

ミスリードさせといて ⇒ ミスリードさ++とい+て

となるので、先の2例と同じく自動詞であり、misread っぽいのでした。

ところで、いろいろな国語辞典で②として載っている

「新聞・雑誌などで、見出しと記事の内容が大きく異なること」

これはいったい何なんでしょうか? 内容からすると、「新聞のリード(など)がミスしていること」といった雰囲気なので、和製英語という容疑が濃厚です。これについては、『集英社国語辞典 第3版』が答えを載せてくれていました。

ミスリード <mislead>〔名・他スル]
誤った方向に導くこと。迷わせること。「世論を―する」
「ミスーリード(miss lead)」は別語。【集英社3】

とあり、「ミス」を見ると追い込み見出しで以下のように書いてあります。

ミス<miss>〔名・自他スル]やりそこなうこと。失敗。
 ―ミスリード(mislead)新聞・雑誌などで、見出しが記事内容と著しく異なっていること。▶和製英語。mislle lead → ミスリード(mislead)【集英社3】

やはり和製英語のようです。

では、このカタカナ語がいったいいつ頃から使われているのか――これはもう少し古い資料を当たらないとダメそうなので、今回はひとまずここまでとします。