ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』の最新刊(18巻)を読んでいたら、人物紹介でも本文中でも、足利義視についての記述で
美濃に没落する
という表現が使われていました。
ちょっと脱線しますが、今巻の表紙は細川九郎政元。この作品を通じて随一の美形であります。今までの表示でいちばん花がある^^;
閑話休題。
「〈地名〉に没落する」というのは見慣れないコロケーションですが、ゆうきまさみのことだから誤用ということはないだろうなと、とまず直感。というのも、ゆうきまさみの国語力をわたしはわりと信用しているからです。この前の記事でも書いた「韜晦」とか、使い方がなかなか的確。もっとも、旧ブログで書いた「ミスリード」のような使い方はしています(こちらは、たぶん日本語としてなら "誤用" ではないのでしょう)。
ということで、国語辞典を引いてみたわけです。結論から先にいうと、ジャパンナレッジを使えるのはありがたいなあ、と今回も改めて感じたという話。
やや古風な言い方なので、予想どおり、小型の国語辞典にはまったく載っていません。中型の『広辞苑』『大辞林』『デジタル大辞泉』にもなし。ということで、ジャパンナレッジに行って日国を見たら、ありました、ありました。
(2)(─する)戦いに負け、国や家が滅亡して、さすらうこと。また、罪科をのがれて地方へ下ること。
*神皇正統記〔1339~43〕下・安徳「平氏力をおとし、主上をすすめ申て西海にぼつらくす」
(赤字は引用者)
この「西海に没落す」が、「美濃に没落する」と同じ使い方でしょう。『精選版 日国』にも同じ語義と用例が載っています。
そのほか、1つ目の語義を見ると、大元の意味もわかります。
(1)(─する)城や陣地などが敵に奪われること。
*太平記〔14C後〕一〇・三浦大多和合戦意見事「六波羅没落(ボツラク)して」
*葉隠〔1716頃〕六「関ケ原没落の時、勝茂公上下十三人にて、御崎門に御通候節」
もともとは、「六波羅」とか「関ケ原」のような語が主語になることもあったということです。これについては、『岩波国語辞典』が小型ながら言及しています。
▽もと、城が敵に奪われること。<
この一事を見ても、大型・中型・小型の国語辞典が情報を取捨選択する方針がうかがわれておもしろい。
ついでにほかの語義も見ると、
(5)相手をののしっていう語。
*滑稽本・続膝栗毛〔1810~22〕初・上「放け出せ。コナ没落めが」
こんなのもあって笑えました。
マンガを読んでいて、ふと見かけた何ということもない言葉です。
翻訳の仕事にはもちろん直結していません。今回発見したような「没落する」を自分の訳文に使うことも、まずないでしょう。そんな言葉のためにわざわざ時間を使って辞書を引く。仕事の一部ではなく、どちらかといえば趣味の領域。
でも、こういう日常生活のなかで、ごくごく趣味的なシチュエーションで辞書を引くこと(そして、それをこうやって書き留めておくこと)と、翻訳という仕事と、仕事のなかで辞書を引くこととは、わたしにとって、あんまり境界線がないことのようです。