# 「-ウエア」か「-ウェア」か

昨日、某翻訳学校の授業でこんな質問を受けた。

software の訳語は「ソフトウア」ではなく「ソフトウア」と書かないといけないのでしょうか?

理由を訊くと、別の授業でそう指導されたのだという。

この話、実は初めてではない。以前も同じ質問があって、理由も同じだった。どなたなのかはもちろん存じ上げないが、いったいどんな根拠でそう言い切るのだろうか。

カタカナ表記にゆれがあるのは、外国語の本来の発音とカタカナの表記体系とを考えれば、どうしたって避けがたい。だからこそ、新聞社も出版社も、独自にルールを決めてそれで統一しようとしている。書き手個人も、自分の書くもののなかでは統一を図ろうとする。複数の表記候補があって、どれかひとつが絶対などとは、間違ってもいえないはずなんだが。

まず、手元にある表記ルール集を確認してみた。結果は以下のとおり(出典の詳細は記事末に。また思ったほど数が多くなかったので、何点か取り寄せ中。判明したものから追記する予定)。

  • ソフトウア(を小さく書く)
    朝日新聞、読売新聞、テクニカルコミニケーター協会
  • ソフトウア(を大きく書く)
    毎日新聞、共同通信、時事通信、NHK
  • ソフトウア/ソフトウア(どちらも許容)
    使える! 用字用語

次は国語辞典(詳細な辞典名は記事末に)。

  • ソフトウア(を小さく書く)
    日国、新明解、三省堂国語、現代新国語、例解新国語、旺文社国語、岩波国語、広辞苑
  • ソフトウア(を大きく書く)
    大辞林、明鏡、デジタル大辞泉、現代国語例解、新選国語、日本語新、角川必携、ベネッセ表現、 ベネッセ新修、集英社、新潮、学研大、学研現代新国語

こうしてみると、たしかに新聞雑誌系でも国語辞典でも「ソフトウア」がやや優勢のような気もする*1

ただし、『現代国語例解辞典 第五版』には、おもしろい図版と解説も付いていた。

世の中的には「ウア」のほうが多いらしい。また、『日本語新辞典』には発音欄もあって、発音は「ソフトウア」だと示されている。

ちなみに、上では国語辞典名をずらっと並べたが、それぞれ出版元を見てみると、やはり会社別にルールがあることが分かる。

  • ソフトウア(を小さく書く)
    小学館、三省堂、旺文社、岩波書店
  • ソフトウア(を大きく書く)
    大修館書店、小学館、角川、ベネッセ、集英社、新潮社、学研

企業数の多数決でいうなら大きい「エ」が優勢ということになるが、もちろん、そんなものではあるまい。

広辞苑によれば~

という印籠を出していいのなら、小さい「ェ」の勝ちだw

いや、別にここでは小さい「ェ」を擁護したいわけではない。外来語のカタカナ表記なんて、何かに基準を求めようとしたところで、これこのように決定的な根拠は得られないという話だ。まして、どれかひとつを「絶対」などと指導できるはずはないと思うのだが……。もし、何か確たる根拠があってそう指導なさっているのであれば、ぜひご教示いただきたいと思う。

今回の出典一覧は以下のとおり(※は後日追加の分)。

『朝日新聞の用語の手引き 改訂新版』(朝日新聞出版)
『記者ハンドブック 第14版』(共同通信社)
『毎日新聞用語集 2020年版』(毎日新聞社)
『読売新聞の用字用語の手引き 第7版』(中央公論新社)※
『最新 用字用語ブック 第8版』(時事通信社)
『NHK ことばのハンドブック 第2版』(NHK出版)
『日本語スタイルガイド 第3版』(テクニカルコミニケーター協会)
『使える! 用字用語辞典』(三省堂)
『大辞林 第四版』(大修館書店)
『明鏡国語辞典 第三版』(大修館書店)
『デジタル大辞泉』(小学館)
『現代国語例解辞典 第五版』(小学館)
『新選国語辞典 第十版』(小学館)
『日本語新辞典』(小学館)
『角川必携国語辞典』(角川書店)
『ベネッセ表現読解国語辞典』
『ベネッセ新修国語辞典 第二版』(ベネッセ)
『集英社国語辞典 第三版』(集英社)
『新潮現代国語辞典 第二版』(新潮社)
『学研国語大辞典』(学研)
『学研 現代新国語辞典 第六版』(学研)
『日本国語大辞典 第二版』(小学館)
『新明解国語辞典 第八版』(三省堂)
『三省堂国語辞典 第八版』(三省堂)
『現代新国語辞典 第七版』(三省堂)
『例解新国語辞典 第十版』(三省堂)
『旺文社国語辞典 第十一版』(旺文社)
『岩波国語辞典 第八版』(岩波書店)
『広辞苑 第七版』(岩波書店)

小学館は基本的に「ソフトウエア」派なのに、『日本国語大辞典』だけ「ソフトウェア」なのがおもしろい。

実は、上記以外にも見てみた資料が2つある。

『新しい 国語表記ハンドブック 第九版』(三省堂)
『日本語の正しい表記と用語の辞典 第三版』(講談社)

ただし、どちらにも「ソフトウェア」「ソフトウエア」についての記述はなく、代わりに載っていたのは平成3年の内閣告示による文化庁の「外来語の表記」からの引用だけだった(それぞれ、補注や用例の追加は試みている)。

www.bunka.go.jp

ところが、この「外来語の表記」が(わたしには)まったく意味不明だ。これについては、ちゃんと分かる人にぜひ教えを請いたい。部分的に引用してみる(一部略)。

「シェ」「ジェ」は,外来音シェ,ジェに対応する仮名である。
〔例〕シェーカー シェード ジェットエンジン(中略)
   シェークスピア(人)

「ウィ」「ウェ」「ウォ」は,外来音ウィ,ウェ,ウォに対応する仮名である。
〔例〕ウィスキー ウェディングケーキ
   ウィーン(地) スウェーデン(地) ウェブスター(人)
   注1 一般的には,「ウイ」「ウエ」「ウオ」と書くことができる。
     〔例〕ウイスキー ウエディングケーキ
   注2 「ウ」を省いて書く慣用のある場合は,それによる。
     〔例〕サンドイッチ スイッチ
   注3 地名・人名の場合は,「ウィ」「ウェ」「ウォ」と書く慣用が強い。

「○○」は外来語「○○」に対応する仮名である。この書き方で、いったい何が言いたいんだろうか。わたしの読解力不足なのかもしれないが、まったく意図がくみ取れない。

役所のする事ですから(CV:國村隼)

ってことなんだろうけど、ことばの指針に関する文章がこんなだというのは、ちょっと暗澹たる気分になる。

【情報追記の記録】

11/15『読売新聞の用字用語の手引き 第7版』を追加。「ソフトウア」

*1:川月現大さんからも情報をいただきました。新聞社系の用字用語集が範とする『新聞用語集』(日本新聞協会)でも「ソフトウア」だそうです