# 「軽石」って何に使う?

7/27(土)の朝日カルチャーセンターでは、これまでとは違う角度から辞書の話をしました。そのなかで、「暮しの手帖事件」のことにも触れ、当日の中之島会場では、私が持っている(といっても、母親のものですが)現物もご覧いただきました。

「暮しの手帖事件」とは何か? ご存じない方は、ググっていただければいろいろヒットします(「ゆる言語学ラジオ」の動画もおすすめ)。ひとつだけいうと、『新明解国語辞典』編集主幹を務めた山田忠雄が、その初版の巻頭言に

思えば、辞書界の低迷は、編者の前近代的な体質と方法論の無自覚にあるのではないか。先行辞書数冊を机上にひろげ、適宜に取捨選択して一書を成すは、いわゆるパッチワークの最たるもの、所詮、芋辞書の域を出ない。その語の指す所のものを実際の用例について、よく知り、よく考え、本義を弁えた上に、広義・狭義にわたって語釈を施す以外に王道は無い。

ここまで書くきっかけになった(とも言われている)事件です。巻頭言だけでは飽き足らなかったのか、本文中の「おやがめ」の項にはこんなことも書いたほどでした*1

おやがめ【親亀】
親に当たる大きなカメ。「〔早口言葉で〕―の背中に子ガメを乗せて、子ガメの背中に孫ガメ乗せて、孫ガメの背中にひい孫ガメ乗せて、―こけたら子ガメ・孫ガメ・ひい孫ガメがこけた」〔右の成句にたとえを取って、国語辞書の安易な編集ぶりを痛切に批判した某誌の記事から、他社の辞書生産の際、そのまま採られる先行辞書にもたとえられる。ただし、某誌の批評が ことごとく当たっているかどうかは別問題〕

 

さて、私が最近あちこちで推している国語辞典、

もしくは、同じ内容のシロクマ版

には、〔参考〕〔由来〕〔方言〕といった欄があって、これを拾い読みするだけでもなかなか楽しめます。先ほどもぱらぱらしていたら、「軽石」の項が目にとまりました。

火山から ふきだした溶岩が急に冷えてできた、穴が多くて軽い石。
〔参考〕入浴のとき、足のうらをこするのによい

(赤字は引用者。以下同)

「うら」ではなく「かかと」じゃね? とは思いましたが、それでも、こういう日常生活的について言及しているのはうれしいものです。ほかの辞書はどう書いてるんだろう――そう思って調べ始めたのですが、もしかしてこれって、親ガメ子ガメ孫ガメなんじゃないか? と思われるケースだったので、それを記録してみました。

まず、中型辞典3点から。

火山砕屑物の一。白ないし淡色のガラス質で、内部のガスの吹き出した小さい穴が多数あり、しばしば水に浮く。垢擦に使い、軽量ブロックの原料とする。浮き石。【大辞林 四】

『大辞林』は、使い方について何も触れていません。

火山から噴出した溶岩が急冷する際に、含有ガスが逸出して多孔質海綿状となった岩石。質はもろく小孔があり、水に浮く。あかすりに用いる。うきいし。倭名類聚鈔(1)「浮石、和名加留以之」【広辞苑 七、六、五】

『広辞苑』によると、用途は「あかすり」だそうです。えっ? えっ?――痛っ、痛そう~

かかとなどの角質化した皮膚をこするんだったら分かるのですが、そうではなく、あかすりですか? あんなものでこすったら、痛いよね? そう思いながら同じ『広辞苑』をもう少しさかのぼったら、

~。物をこすり磨くのに用いる。~【広辞苑 四】

第四版(1991年)だと、こするのは身体に限らないようです。

溶岩が急冷する際にガスが噴き出してできた、小さな穴がたくさんある岩石。軽く、水に浮く。あか落としなどに用いる。浮き石。パミス。【デジタル大辞泉】

『デジタル大辞泉』も、やはり「あか落とし」です。

念のため、『日本国語大辞典』も確認しておきます。

岩石の一つ。火山からふき出した溶岩が急速に冷えてできた岩石。含有ガスが出るときできた小さな穴があいている。流紋岩質のものについていう。軽くて水に浮き、きわめてもろく、あかすりとして入浴のときに用いられる。また、軽量ブロックの原料としても広く使われる。浮石(うきいし)。かろいし。
*評判記・秘伝書〔1655頃〕下ほんの事「又きびすは、かるいしにてすり、あかくなるまで、ゆにつけてをき」
*滑稽本・浮世風呂〔1809~13〕前・上「糠洗粉軽石(カルイシ)糸瓜皮にて垢を落し」【日国】

やはり「あかすり」です。用例は10世紀のもの(和名類聚抄)から載っており、上に引用した2つは江戸時代の用例。「糸瓜」とも並べられていますが、これを見ると、なるほど昔は実際に「軽石で垢を落としていた」のだろうと予想できます。

次は、小型国語辞典の記述を一気に並べます。

細かな穴が無数にあいた軽い岩石。溶岩が噴出する際に、溶けている気体が圧力の減少によって泡となり、そのまま固まったもの。多く水に浮く。浮石。【岩国 八】
溶岩が急に冷えて出来た石。穴が多くて軽い。浮き石。【新明国 八】
マグマが急に冷えてできた、穴の多い軽い岩石。浮石【三国 八】
『岩波国語辞典』『新明解国語辞典』『三省堂国語辞典』の3つには、使い方が書いてありません。三国なんて、こういう情報は載せそうだと予想していたのですが……
溶岩が急速に冷えてできた軽い岩石。海綿のようにたくさんの小さな穴があって、水にも浮く。垢すりなどに使う。浮き石。【明鏡国語 三】
溶岩が急速に冷えてできた、小さな穴が多い岩石。軽くて水に浮く。垢すりとして用いる。【現代国語例解 五】
溶岩が急に冷えてできた、小さな穴の多い軽い石。風呂場であか落としなどに使う。【現代新国語 七】
溶岩が急にひえてできた、小さな穴の多い石。かるくて水にうく。あかすりなどに用いる。うきいし。【新選国語 十】
軽くて水に浮く石。溶岩が急に冷えて中のガスが逃げてできた穴の多い石。あかおとしなどに使う。浮き石。【旺文社国語 十一】
火山からふき出たマグマが急にひえてできた石。軽くて水にうく。【例解学習国語 十一】
火山からふき出した溶岩が急に冷えてかたまったもの。穴が多く軽いので水に浮く。あか落としなどに使う。「―でかかとをこする」【旺文社標準国語 八】
垢すりなどに用いる。【集英社国語 3】
あか落しなどに使う。【新潮国語 二】
体のあか落としに使う。【学研 現代新国語 六】

ご覧ください。見事なくらい、そろいもそろって「あかすり、垢すり、あかおとし、あか落とし」です。少しだけ違っていたのが角川。

火山の溶岩が急に冷えてできた、もろくて穴のたくさんあいた石。水にうく。足の裏のあか落としなどに使う。【角川 必携国語】

ただ、これもかかとではなく「足の裏」です……。

それから、類語辞典の用例はおもしろかった。

珪長質のマグマが急に冷えて発泡し、固まってできた淡色の石。多孔質で水に浮く。浮き石。「―でかかとをこする」 【新明解類語】
|用例| 軽石で足の裏をこする 多孔質で軽い。溶岩の一種。「浮き石」とも【角川類語】

いかがでしょうか? ここまで足並みそろえて「垢すり、垢おとし」と書かれているのを見ると、かつての「暮しの手帖事件」で取り上げられた「まつりぬい」に似たものを感じます。

試しに、FacebookやTwitterで「軽石で、垢おとししますー?」と訊いてみたところ、やはり圧倒的に多かったのは「かかとになら使う」という回答でした。

にもかかわらず、私が調べた範囲で「かかと」にいう単語が出てきたのは、『旺文社標準国語』と『新明解類語辞典』の用例だけ。もちろん、実は私が知らないだけで、今でも世の中では「軽石で垢おとし」している方が大勢いらっしゃるのかもしれず、これだけで断定はできません。が、国語辞典の世界ではどうやら

痛そうな使い方が一般的らしい

という発見でした。

というわけで、三省堂『例解新国語辞典』の〔参考〕〔由来〕〔方言〕欄、お楽しみください!

*1:ちなみに、「おやがめ」の項のこの記述は第二版までなので、今の『新明解国語辞典』では見ることはできません。一方、初版の巻頭言は最新の第八版にもしっかり載っています