# 『英英辞典の底力』~英英辞典指南の良書~

英語学習者(主として高校生、大学生)向けでありながら翻訳者にも役に立つ英語辞典指南書は何冊かありますが、英英辞典についての良書を読んだので、ご紹介します。

著者の泉幸男さんは、大学とか高校の英語の先生ではなく、個人でビジネス向けの英語塾を経営なさっている方のようです。この手の本の著書としては、ちょっと異色かもしれません。

英英辞典の話や、そもそも辞書を開いたらどこを読むかという基本スタンスについて特に目新しいことは書かれていませんが、私があちこちで英英辞典を紹介するときと違って、本書はもっと基礎的な英英辞典を基軸にしています。タイトルに "Basic" とか "Elementary" とか "Primary" といった言葉が付くような辞典です。

私たちが翻訳するとき、そういう学習段階の英英辞典が必要になるか? というと無条件にイエスとはならないのですが、英英辞典を使う心構えを説くために、そういうレベルから紹介されています。ふだんと違う切り口かもしれませんが、その部分がかなり参考になります。

いくつか、印象に残った箇所を引用してみます。

 英語の実力をホンモノにしたければ、類義語どうしの「違い」にはさほどこだわらず、ひたらす類義語のストック数を増やし類義語ネットワークを広げるほうに注力したほうがいい。(p.79より)

本書はそもそも、いろいろなところで「類義語」を大切にするよう説いています。これはある意味ほんとうにそうで、引用中にもある「類義語ネットワークを広げる」というのは、英語でも日本語でも、言葉を蓄積して活用していくうえでとても大切です。

ここを読んだとき、私がまっ先に思い出したのが、Star Trek: The Next Generation の第1、2話 "Encounter at Farpoint" で、アンドロイドの Commander Data が初めて口を開く場面でした。Captain Piccard がふと口にした snoop という単語について、Data がその類義語を言い立てます。snoop というのは、アンドロイドの自分にとって a kind of behavior I was not designed to emulate. だと述べたうえで、To seek covertly, to go stealthy, to slink, slither, glide, creep, skulk, pussyfoot, gum... と、まさに英英辞書(ただし学習ではなく一般向け)の語釈のような語句を羅列していきます(ちなみに、最後に言いかけるのは gumshoe です)。こんな風に、類義語をとうとうと並べられる能力というのが、人工知能の性能の基本だという、そんな描写です。彼らの言語観が表れているとも言えます。

閑話休題。

 ところで、あなたは英「和」辞典をどのように活用してきましたか。
いまどきの英和辞典は親切が行き届いていて、主要な和訳語は赤文字や太字で表示してある。最初の和訳語にパッと飛びついて3秒でページを閉じる、といった勉強法で乗り切ってきたかたは、いきなり英英辞典を使うのはムリです。Google検索やアプリで和訳語をチラ見して済ませているひと、その習慣のままでは英英辞典は使えません。
 まず英和辞典の使い方・読み方の習慣を改めるところから始めることをおすすめします。(p.178、太字は原文ママ)

辞書をいくらそろえても、こういう見方をしていてはダメだと、泉氏も書いています。

そういえば、私の英語の恩師は、小学6年の私に研究社の『新英和中辞典』を与え、辞書を引いたら、見出しに赤鉛筆でチェックを付けること、そして辞書を開いたら

そのページをすぐに閉じないこと

と最初から指導してくれましたっけ……。

 

最初にも書いたように、本書は私たち翻訳者が常用するような英英よりもっと基本的なレベルの英英辞典から紹介していますが、いくつか私も参考になった資料があったので、紹介しておきます。

■LexicEN(無料版はLexicEN Lite

LexicEN Lite 英英辞書、オフライン対応!

LexicEN Lite 英英辞書、オフライン対応!

  • www.gogonavi.net
  • 辞書/辞典/その他
  • 無料

apps.apple.com

無料の英英辞典 WordNet については、私もたびたび紹介してきました。以下は、上が旧ブログ時代の記事、下が当ブログになってからの議事です。

baldhatter.txt-nifty.com

baldhatter.hatenablog.com

ここでもご紹介しているとおり、WordNet はオンラインで使うかEPWINGデータを使うかだと思っていましたが、実はiOS/iPadOSで使えるアプリがあるのでした。Liteは広告の入る無料版。いくらか払うと(金額は忘れました)広告が出なくなります。

著者も書いているとおり、このアプリ、とても見やすく作ってあります。WordNet 本来の機能はコーパスにあるので、その機能はだいぶ失われているのですが、今まで私が紹介してきた WordNet のとっつきにくさがなくなって、普通に英英辞典として使えるので、これはおすすめです。

上のスクリーンショットが、EPWINGデータをEBWin4で表示したところ。上位概念語や下位概念語、同義語のリンクがたくさんあります。一方、

こちらがアプリ版です。リンクは少なくなりましたが、ずっと見やすくなりました。

 

■Oxford Essential Dictionary for elementary and pre-intermediate learners of English

本書の第9章、第10章は、初級から上級までの英英辞典のおすすめガイドになっているので、ここの情報だけでも役に立ちます。そのなかで、この1冊だけ買ってみました。2012年に出た本なので、付属CD-ROMでちゃんとWindows 10マシンにもインストールできました。

Oxford系辞書の伝統的なカラーリングを踏襲していて、とても良い感じのインターフェースです。

 

ところで、今回もまた、新しい独立アプリケーションとしての辞書がWindows上に増えたわけですが、こんな風に辞書環境がいくつにもわたることを、私はもうほとんど気にしていません。

その辺の話は、イカロス出版の『通訳翻訳ジャーナル』春号に書きました。こちらの記事はもう少しお待ちください。