翻訳フォーラム主宰者のおひとりであり、『スティーブ・ジョブズ』や最近の『イーロン・マスク』など多くの訳書でもおなじみの井口耕二さん(翻訳フォーラムなどでのハンドル名は Buckeyeさん)の、今回は訳書ではなく、著書が刊行されました。
(以下、便宜的に『仕事部屋』と略します*1)
発売から2週間近くたってしまったので、同業者の皆さんはもうとっくにお読みかもしれませんが、まだの方には、
現役の翻訳者なら必読
翻訳者をめざしている人にはさらに必読
とおすすめしておきたいと思います。
そして、その井口さんの話を直接聞く機会が6月と7月にあることは、このブログでもすでに紹介しています。
『仕事部屋』を読んで井口耕二さんに興味を抱いた方、こちらもぜひお申し込みください!
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さて、『仕事部屋』の内容は大きくいって3部構成です。
第1章には、13年前に井口さんが『スティーブ・ジョブズ』の伝記を訳されたときの、まさに激動の日々が綴られています。
当時の話は、2012年に入ってからいくつかの場所で井口さんご自身が語っていらっしゃいます。たとえば、私がブログに書いたこれなどです*2。
#「JTF 翻訳セミナー in Osaka」に行ってきた~その1
#「JTF 翻訳セミナー in Osaka」に行ってきた~その2
そして、実はこのころの状況を私はある程度まで把握していたのですが(そこんとこの事情は『仕事部屋』のp.55に書かれています)、この第1章で描かれている顛末のすべてを伺っていたわけではもちろんありません。
数々の制限があるなかで、それでも最高の翻訳を世に送り出したいと決意した翻訳者が、いかにしてその技術と知恵と経験とを総動員したか――この章を読んで、そのスゴさに打ち震えない同業者はいないはずです(なかには、同じくらい無茶苦茶な経験をなさって激しく同意という方もいらっしゃるかもしれません)。
一方、翻訳者になりたいと考えている人にとっては、翻訳という営みの素晴らしさと、ある意味での悲惨さを同時に垣間見ることのできる希有なドキュメンタリーです。
基本的にはそういうリアルな実録なのですが、「何も足さない、何も引かない」とか「定冠詞はどう訳す」などのセクションなどでは、井口さんの語る翻訳技術、翻訳流儀の話も盛り込まれています。
そして、そういう具体的な話が全面的に出てくるのが第2章です。「原文は親切に読む、訳文はいじわるに読む」というフレーズは、私も授業でいつも使わせてもらっています。「意訳 vs. 直訳」とか「原文をそのまま絵にしてみたなら?」とか、具体的なノウハウに直結する話がてんこもり。井口さんがこれまであちこちで(たとえば翻訳フォーラムのシンポジウムなどで)お話しになってきたことの集大成になっています。特に翻訳を勉強中の人には、大いに参考になる内容です*3。
第3章は、「翻訳者として生きていくための提言」とでも言いましょうか、ビジネス面も含めて、翻訳者・井口耕二はこうしてできあがった、こんな風に考えて仕事をしてきた、しているという内容です。これも、翻訳業への転職を考えている人たちにはちょうどいいかもしれませんし、翻訳の世界に入ってまだ数年で、翻訳者としてのこれからの生き方にいろいろ迷っている人にも、ほかにない羅針盤になるはずです。
井口さんも本書のなかで言及しているこの本、
私もこれを「翻訳者にとってのバイブル」とあちこちで紹介していますが、井口さんの『仕事部屋』は、これに次ぐ必読書になったと言っていいでしょう。


