# 過剰な使役表現(せる・させる)について

 今回の記事は、アメリア定例トライアル「IT・テクニカル」と連動した内容です。が、もちろん、それとは無関係にでも、お読みいただけるはずです。

2022年10月号で出題、2023年1月号に解説が掲載されている課題(メタバースに関する文章)の答案で、気になる使役表現(~せる・させる)が散見されました。

「せる・させる」の基本―接続と意味

念のために基本を確認しておきます。なお、今回の記事に出てくる文法用語が分からない方は、以下のような本で日本語文法の基礎を押さえておくことをおすすめします(脚注にも少しだけ補足あり)。

現代日本語文法で、使役の助動詞「せる・させる」には以下のようなルールがあります。

まず、「せる・させる」と2種類あるのは、上に来る動詞の種類によって使い分けがあるからです。

  • 五段活用サ行変格活用(サ変)の動詞には「せる」が付く
     妹をかわりに迎えに行かた ※「行く」は五段活用
     もっと勉強させろ ※「勉強する」はサ変
  • 上一段活用下一段活用カ行変格活用(カ変)の動詞には「させる」が付く
     テレビは見させない ※「見る」は上一段活用
     もう少し寝させてやれ ※「寝る」は下一段活用
     あやまりに来させればよい 「来る」はカ変*1

どちらも、動詞の未然形に付きます。上の例文を細かく単語に分けてみると、

  • せる
     行か+せ+た ※「行か」は五段活用動詞「行く」の未然形
     勉強さ+せろ ※「勉強さ」はサ変動詞「勉強する」の未然形
      「させる」が付いているわけではないことに注意
  • させる
     +させ+ない ※「見」は上一段活用動詞「見る」の未然形
     +させ+て ※「寝」は下一段活用動詞「寝る」の未然形
     +させれ+ば ※「来」はカ変動詞「来る」の未然形*2

日本語話者なら、こんなことは意識せずに使い分けているはずなのですが、「せる」で済むはずのところを「させる」にする言い方も出はじめています。いわゆる「さ入れ言葉」です。上の例文でいうと、「妹を~行かせた」でいいはずなのに、「妹を~行かせた」という形にしてしまうわけです。

今回ここでお伝えしたいのは、この話ではありません

 

それから、「使役」といっても、語義はいくつかに分かれます。

  • 〔使役〕首相は大臣に視察に行か
  • 〔放任・許容〕しばらく休まくれ
  • 〔不本意なことや迷惑なこと〕息子を戦争で死なせる
    【ベネッセ表現読解国語辞典より】
「せる・させる」の基本―どんな動詞に付くか

次に、どんな動詞に「せる・させる」が付くか、国語辞典からいろいろな例文を拾いながら考えてみます。

  • 一足先に行かてもらいます
  • 監督は打者に初球を打た
  • 時計の針を二〇分ほど進ませる
  • 捕手が投手に直球を投げさせる
  • 水を沸騰させる
    【すべて大辞林第四版より】

前にある動詞(赤太字)の種類に注目すると、

  • 「行く」= 自動詞
  • 「打つ」= 他動詞(~打つ)
  • 「進む」= 自動詞
  • 「投げる」= 他動詞(~投げる)
  • 「沸騰する」= 自動詞

です。自動詞に「せる・させる」を付けると、「自動詞としての行為をするようにしむける」という意味になるので、「行く」→「行かせる」、「進む」→「進ませる」、「沸騰する」→「沸騰させる」という関係が成り立ちます。

一方、他動詞の場合は目的語をとっているので、「〈誰々に〉~〈何々を〉○○するようにしむける」という形になっている点に注意してください。「打者が初球を打つ」→「打者に初球を打たせた」、「投手が直球を投げる」→「投手に直球を投げさせる」という関係です。

「せる・させる」が自動詞に付く場合

たとえば、「向上する」は自動詞です。「学力が向上する」のように、「〈何々が〉向上する」という言い方しかできず、「学力を向上する」のように目的語をとることはできません。ちょっとググってみると、目的語をとっている例は山ほど出てきますが、基本的には正しくない形です。

では、自動詞しかない「向上する」を他動詞のように、つまり「~を向上~」の形で使いたければどうするか。ここで登場するのが「せる」です。「学力を向上させる」にすればいい。

ということで、ルール1:自動詞に「せる・させる」を付けると、他動詞と同じように使うことができる

「せる・させる」が自動詞/他動詞に付く場合

次に、自動詞にも他動詞にもなる動詞はどうか。「向上」と似たような意味で「改善する」はどうでしょう。「収支が改善する」なら自動詞、「収支を改善する」なら他動詞。どちらもいえます。そして、もともと他動詞としての使い方があるのですから「収支を改善させる」と、わざわざ使役の「せる」を付けていう必要はありません。ただし、自動詞の意味もあるので「収支が改善するようにしむける」という意味合いを込めれば「収支を改善させる」といえなくもありません。

「勉強する」も自動詞・他動詞どちらにも使えます。「受験のために勉強する」(自動詞)、「受験のために英語を勉強する」(他動詞)です。この2つ目の例文に「せる」を付けると、「受験のために英語を勉強させる」になります。

収支を改善させる
「受験のために英語を勉強させる

この2つは、形こそ同じですが微妙に違います。上の例文の場合、「誰に?」を表す部分がなくても成り立ちそうですが、下の例文だと必ず「誰に?」という要素が必要になります。

ルール2:自動詞にも他動詞にもなる動詞の場合、他動詞に「せる・させる」を付けることもできる。ただし、付けた形の意味合いは異なることもある。

「せる・させる」が他動詞に付く場合

最後に、他動詞のみの動詞に「せる・させる」を付けるとどうなるでしょうか。たとえば「書く」は他動詞です*3

日記を書く」
日記を書かせる

こう並べると、状況の違いは一目瞭然です。「日記を書かせる」では、必ず〈誰に?〉という要素が想定されます。日記を書く主体がまったく違ってきます。

「他動詞のみ動詞」には、「ほぼ他動詞のみ動詞」も含まれます。つまり、自動詞/他動詞の両方の使い方があることになってはいるけど、どちらかというと自動詞としてはほとんど使わない動詞、です。たとえば「再現する」という動詞。

「帽子投げをMinecraftで再現した」
「帽子投げをMinecraftで再現させた」

2つ目は、今回の定例トライアルで実際に見かけた形です。「再現する」に自動詞の使い方が皆無とはいいません。多くの国語辞典で「自他」というラベル(自動詞・他動詞ともある、の意味)が付いています*4

しかし、上に書いたように「収支が改善する」(自然に、ひとりでに)という自動詞文をベースにして「収支を改善させる」ならありえるでしょうが、「帽子投げがMinecraftで再現する」(いつの間にか、ひとりでに)ということは考えにくいので、そこから「~再現させる」の形を作るのは難しい気がします。

ルール3:他動詞のみ(ほぼ他動詞のみ)の動詞の場合、「せる・させる」を付けると動作の主体が変わってしまい、意味が大きく変わる。辞書に「自他」とあっても、自動詞的な動作を発想しにくい場合、やはり「せる・させる」形は成り立ちにくい

定例トライアルの答案で見かけた使役形

以上を踏まえて、定例トライアルで実際に見かけた形をあげてみます。

  • 実世界に拡張情報を融合させた拡張現実――①
  • 現実世界上に拡張情報を混合させる拡張現実――②
  • 拡張した情報を現実世界と複合させて表示する拡張現実――③
  • 現実世界から拡張させた情報を組み合わせて表示する拡張現実――④
  • 現実世界に拡張情報を付加させた拡張現実――⑤
  • ゲーム開発者が、(中略)仮想プラットフォーム上でゲームを開発させている――⑥
  • バーチャルプラットフォーム上でゲームの作成を可能にさせた――⑦

もっとあったのですが、7例にとどめます。

①については、「融合する」に自動詞があるので、そこから「融合させる」という形は自然に作れます。②と③は、①と比べるとやや違和感がありますが、それでも「混合する」「複合する」という自動詞表現を想定できなくはないので、そこから「混合させる」「複合させる」という使役表現を作ることは、まあできそうです。上の「ルール2」に当たります。

しかし、④~⑦の「拡張する」「付加する」「開発する」「可能にする」は他動詞だけなので、「〈誰々に〉拡張させた」「〈誰々に〉付加させた」「〈誰々に〉開発させている」「〈誰々に〉可能にさせた」という意味に変わってしまいます。上のルール3に該当します。④~⑦に「せる・させる」形は不要で、それぞれ

  • 現実世界から拡張した情報を組み合わせて~
  • 現実世界に拡張情報を付加した拡張現実
  • ゲーム開発者が、(中略)仮想プラットフォーム上でゲームを開発している
  • バーチャルプラットフォーム上でゲームの作成を可能にし

という他動詞表現でよかったはずです。

おそらく、こういう日本語を書いてしまった方は、「誰々に~させる」という使役を使ったという意識はほとんどなかったのではないでしょうか。

こうした「過剰の使役表現」、実は今回の定例トライアルに限らず、最近よく目につくようになってきた現象です。日本語の変化の一種なのかもしれませんが、無意識に使ってしまうのは、まだよろしくないだろうと考えています。

*1:赤太字が助動詞「せる・させる」の部分。「せ」になっていたり「せろ」「させれ」になっていたりするのは、「せる・させる」自体にも活用があるから。「せる」は「せ・せ・せる・せる・せれ・せろ」と活用し、「させる」は「させ・させ・させる・させる・させれ・させろ」と活用する

*2:赤太字が動詞の未然形。「見る」「寝る」「来る」の未然形はそれぞれ「見」「寝」「来」という漢字1文字だけになる

*3:もっとも、「~を」という目的語をとらない使い方はいくらでもできるので注意。「今日はもう書いた」とか

*4:ただし、自動詞の用例はまず載っていないし、コーパスサイト(NINJAL-LWP for BCCWJ (NLB) など)でもなかなか見つからない