日本語のコロケーションを調べるというと、すぐに名前があがるのは『てにをは辞典』でしょう。紙の辞書には珍しく人気があります。
あるいは、国立国語研究所のコーパス検索サイト(少納言、中納言、NLB、NLT)も定番です*1。
一方、PC上で使える電子媒体のコロケーション辞典はほとんどなく、研究社『日本語コロケーション辞典』のLogoVista版がほぼ唯一の存在でした。
これ、ただでさえ使い勝手がいまいちのLogoVistaインターフェースのなかでも、残念ながら特に使いにくい印象で、これまでもほとんど紹介はしてきませんでした(現状では旧インターフェースのみ対応)。
ありがたいことに、昨年12月に物書堂アプリ版が登場し、こちらはだいぶ使いやすくなりました。さすがの物書堂です。これなら推奨辞書に加えてもいいかもしれません。
コロケーションを調べたいときって、
- 〈名詞〉と〈動詞〉の結び付き=「何をどうする?」
- 〈修飾語〉と〈名詞〉の結び付き=「どんな何?」
- 〈動詞〉に伴う助詞=「何が、何を、何に―どうする?」
などを知りたいときですよね。たとえば、profound impact とかあったら、
「影響」という名詞にはどんな修飾語を使えるか?
と考えながら調べる。そうすると、「重大な」「深刻な」「甚大な」「著しい」といった修飾語を使えるとわかる――こんな流れでしょう。実際、NLBやNLTはそういう使い方ができます。
(クリックで拡大できます、以下同)
また、『てにをは辞典』もそういう発想で作られています。
研究社『日本語コロケーション辞典』は、後述するように、実は編集の方針がちょっと違います。そのため、今回の物書堂版でようやく、コーパスサイトや『てにをは辞典』と同じような使い方ができるようになりました(LogoVista版がどうだったかは最後に書きます)。
ただし、検索オプションをうまく使い分ける必要があります。「影響」のような名詞の場合は、「見出」では検索できず、「用例」でも効率がよくありません。
上のスクリーンショットを見ると、検索オプションの右端に右向き▶があります。これをタップすると「コロケーション」という検索オプションが現れます。
この検索に切り替えると、他の国語辞典がなくなって「日本語コロケーション」だけになり、下にコロケーションの例が並びます。この検索オプションを用意してくれたのが、物書堂さんの素晴らしいところです。
ちょっと残念なのは、NLBやNLTのようにパターン別には表示されない点です。「影響を与える」「影響が薄れる」のように、助詞と動詞が続くパターン(下図の赤い枠)や、「著しい影響」「大きな影響」のように修飾語が前に付くパターン(下図の青い枠)などが混在して並んでいます。
では、こうして左カラムに一覧された項目をタップすると、右側のパネルにはどんな内容が表示されるでしょうか? 実はここからが、研究社『日本語コロケーション辞典』の編集上の特性に関わってきます。たとえば、上の図で「影響を与える」をタップしてみると―
表示されるのは、「影響」に関するコロケーション情報ではなく、「与える」という
動詞がどんな目的語を取るか
という一覧とその例文です。また、「著しい影響」をタップすると、
こちらには「著しい」という
形容詞がどんな名詞を修飾するか
の一覧とその例文が示されます。
つまり、「影響」を検索してヒットしたのは、(上から順に)
「与える」という動詞のコロケーション
「いい」という形容詞のコロケーション
「憤る」という動詞のコロケーション
「著しい」という形容詞のコロケーション
・
・
・
だったわけです。ものは試しで、「与える」「いい」「憤る」「著しい」……をそれぞれ改めて検索してみると、そういう動詞や形容詞を中心とした一覧が表示されます。
ということで、この辞書は名詞ではなく
動詞や形容詞を中心
にして作られているのです。これは、ちゃんと「まえがき」を読むと書いてあります。物書堂アプリで[コレクション]から『日本語コロケーション』を選択し、[付録]→[まえがき]と進むと読むことができます。
旧版は、日本語能力の基本をなす語を選定した『日本語能力試験出題基準[改訂版]』の「1級語彙表10000語」を中心に、適宜、選択・補充し、動詞と形容動詞類について記述したものである。今回は、更に語彙数を増やし、動詞を計1370語、形容動詞類を計540語とした。新しく形容詞361語を加え、総数2271語を扱うこととした。提示した用例数は4万5000を超える。
(中略)
動詞については、格助詞「が」「を」「と」「に」などと結びつく名詞を意味別に分類して示し、そのほか、動詞を修飾する語句について、特色のあるものを副詞を中心に一括して示した。
形容動詞類については、「—な、—の」の形で修飾する名詞を意味別に分類して示した。
(太字は引用者)
この辞書は、名詞ではなく動詞・形容詞・形容動詞から調べるのが本筋だったわけです。見出し一覧を見ても一目瞭然です。といっても、項目を一覧する機能はアプリにはないので、[コレクション]から単独でこの辞書を選び、検索オプションを「見出」にして、たとえば「あ」だけ入力してみると、ア行の見出しを確認できます*2。
この点を踏まえていないと、この辞書はうまく活用できない可能性があります。少なくとも、書籍版では私たち翻訳者が求めるような使い方(前述)には不向きかもしれません。しかし、電子版なら上で使ったような検索もできるのでした。
ちなみに、LogoVista版では検索オプションが「逆引き」になります。それでおおむね物書堂版と同じように検索できるのですが、検索結果が物書堂ほど見やすくありませんでした。
左カラムが、物書堂のように「影響を与える」「いい影響」「著しい影響」……のようにフルの文字列になっておらず、「与える」「いい」「著しい」……という本来の見出し語が示されるだけです。
ということで、まあコーパスサイトと『てにをは』で間に合っている人がわざわざ購入するまでの必要はないかもしれませんが、物書堂で辞書環境を構築している人なら、その一角にコロケーション辞典を加えられるのはうれしいところでしょう。