# 辞書引きの「効率」ということ

おかげさまで、3/24に出た『翻訳者のための超時短パソコンスキル大全』は、まずまず同業者の間で好評のようです。

発売直後は、カテゴリー「翻訳」「通訳」で1位「パソコン」で2位まで行きましたし、FacebookやTwitterでもお買い上げくださった同業者からの声が次々と届いています。

この本についてはもう少し書きたいことがあるので、それはそのうち記事にしますが、今回はこの本のタイトル「超時短」とは逆になるかもしれない話を書きます。

先に結論をいっておくと、私自身は辞書引きについて、AutoHotkeyを使って必要な自動化はしているが、

辞書を引くこと自体の効率化は
あまり考えていない

ということです。少し長くなりますが、説明します。

そもそも、私が同業者向けに辞書の話をするようになったのは、2010年すぎくらいから翻訳者の使う辞書環境が大きく変化したためです。

それ以前はEPWING辞書が全盛で、翻訳者はほぼ1つの環境でいわゆる「串刺し検索」をするのが普通でした。それが、いろいろな事情で(EPWING仕様が下火になり、オンライン辞書が増えて)実現できなくなり、どうしても辞書環境は複数になっていきました。

そんなとき登場したのが「かんざし」というアプリケーションです。辞書ブラウザーソフトだろうが単独アプリケーションだろうがブラウザーだろうが、登録しておけばどんな環境でも1回で串刺し検索できる便利なツールでした。残念ながら、今は公開されていません。

ではどうすればいいかというと、辞書環境の統一はもはや不可能。というか、何も無理をして辞書環境の統一を考えることはないんじゃないかな――私自身は、しばらく前にこういう境地になりました。

辞書の個性が分かってきて、それに応じて使い分けができるようになり、さらに

辞書は引くものではなく読むもの

という意識が強くなると、複数の環境で辞書を使うのはあまり気にならなくなるものです。あ、もちろん、だからこそ、辞書引きの操作自体はAHKなどで効率化するわけです。

そこからさらに進んで、最近では

辞書引きには時間をかけていい

と、なかば開き直っていますw

だって、辞書を引く/読むのは翻訳者の仕事の一部じゃないですか。手先の効率化はどんどん進めましょう。でも、その先は私たちが時間をかけていいところ、かけるべきところです。今回の本の趣旨に寄せていうなら、「辞書を引く操作は〈手〉の部分、辞書を読むのは〈頭〉の部分」ということです。

ここで、私の今の辞書環境を書いておきます。なかには、今からでは入手できないものもありますので、あらかじめご了承ください。辞書の略称については、『翻訳者のための超時短パソコンスキル大全』のpp.477-478のとおりです。

  • Jamming(アプリケーション。新規入手は不可)
    EPWING辞書、旧LogoVistaなど対応する辞書はすべて登録。趣味的なコンテンツも多い。
  • Logophile(アプリケーション。新規入手は不可)
    主なEPWING辞書と、英英の単独CD-ROM(Cambridge、COBUILD、LDOCE、OALD、OLTなど)。
  • EBWin4(アプリケーション)
    Jammingから趣味的なコンテンツを除いたもの。そのほか、青空文庫2015年以降の歴代Wiktionary EPWINGオンライン辞書のURLもひととおりここに。
  • LogoVista(旧)
    G4、G5、岩国七、岩国八。広辞苑七、日シソ2、岩波理化学など(上記の環境と重複しているものを除いて)。現代用語の基礎知識1991~2020など。
  • LogoVista(新)
    G6、新明国八、コンパスローズなど(上記の環境と重複しているものを除いて)。
  • DONGRI(ブラウザー上)
    ウィズダム4、オーレ、大辞林4、明鏡三、現国例五、新選国語十、旺文社国語十一。
  • ジャパンナレッジ(ブラウザー上)
  • 物書堂(iPad上)
    デジタル大辞泉、三国八、角川類語新、OALD10など(上記の環境と重複しているものを除いて)。

ここまででも、アプリケーション、ブラウザー上、iPad上とばらばらで8つの環境に分かれています。環境間で重複している辞書も多いのですが、特定の環境にしかない辞書もたくさんある点にご注目ください。

このほか、オンライン英英サイトはひととおりすべてブックマークしてありますし、OED、Merriam-Webster Unabridged、KODなどの有料サイトも使っています。さらに、頻度は低いものの Concise Oxford Dictionary などの単独アプリケーションを使うこともあります。そこに、さらに20点くらい(手近にあるものだけ)紙の辞書も加わります。

こうなると、一括で調べるなんてとうてい無理なわけで、私がどんなときどの環境を使っているかを書いてみます。

  • とりあえず知らない単語を引く → Logophile/Jamming
    使用頻度が高い辞書は基本的にここにあるので。Logophileの登録辞書リスト上位3つは新英和大6、R3、うんの。Jammingの登録辞書リスト上位3つはWordNet3.1、Wiktionary(最新)、新英和大6
  • 成句を引く → Jamming
    成句のインデックス処理については、Jammingがいちばん優秀なので(一網打尽検索も含めて)。
  • 英英学習辞典を引く → Logophile
    基本的にここにそろっている。少し古いと思ったらブラウザーで各サイトも見る。
  • 辞書の後でオンラインも引く → EBWin4
    EBWin4 はオンライン機能が優秀なので、ブラウザーのブックマークより楽。このときよく使う筆頭はAHD。
  • 英和の学習、国語の小型を引く → DONGRI
    特に国語の小型辞典は、ここにしかない辞書も多い。
  • 三国八を引く → 物書堂
    これは唯一無二なので。もちろんそれ以外にもよく使う
  • 国語辞典をたくさん引く → 紙の辞典
    紙の辞典を引くことも惜しまない。慣れれば(勘が戻ってくれば)紙の辞書のほうが使いやすいことすらある
  • 日本語の類語を引く → LogoVista、物書堂、紙の辞典
    たぶん、いちばん環境がばらけているのがこれ。

それでも、結局はほぼすべての環境を調べ尽くすしかなかった、なんてことも珍しくありません。

はたまた
〈接〉あるいは。または。[例]勝者は白組か、はたまた紅組か。敵か、はたまた味方か。[表現]「いったいどうなることやら」「いったい何ものか」と、気をもたせるような言いかた。【例解新国語十】

そこまで時間をかけると、こういう語釈が見つかったりするわけです(「表現」欄に注目)。翻訳の答案で気になった言葉を見かけたとき、こんな記述に遭遇すると、とてもスッキリします。

辞書をよく知るには「辞書を読む」ことです。辞書を読めば読むほど、それは自分の〈頭〉の一部になります。辞書を読めるようになると使い分けができて、それが自然に辞書引きの「効率」につながります。