受験シーズン直前のこの時期に大学受験予備校が閉鎖したというニュースが年明け早々から流れていましたが、その経営母体の倒産も報じられました。
前々職で、実はこれと似たような経験をしたことがあって(ひたすら謝罪する立場でしたw)、そのことを詳しく書くつもりはないのですが、帝国データバンクのこの記事で、以下の記述が目につきました。
当社は、1983年(昭和58年)8月に設立された学習塾経営業者。国公立大学や大学医学部を志望する高校生を主な対象とした大学受験予備校「ニチガク」1教室を運営していた。
(太字は引用者)
第三者である帝国データバンクが、この会社のことを「当社」と書いていて、そうか、やっぱりこういう「当」の使い方って皆無ではないのねと思った次第です。
なんでこれが目にとまったかというと、前々回の記事でも書いた『アメリア』定例トライアル10月号の答案を見ていて、まさにこの「当」の使い方に遭遇していたからです。
- Ingenuityヘリコプターのことを「当機」と表現する
- スミソニアン航空宇宙博物館について「当博物館」と言う
自分が乗っている機内で「当機はまもなく松山空港に着陸します」というアナウンスを聞いたことはあります。が、定例トライアルの訳文では「その機体」の意味で「当機」と使われていました。同じく「当博物館」も、スミソニアンの方が話しているわけではなく、単に「その博物館」の意味で使われている。採点のときは、疑問に思いながらも減点にはできなかったポイントでした。
それとまったく同じ「当」の使い方を、帝国データバンクがしているのなら、やはりこういう使い方は「ある」と判断するしかなさそうです。ちなみに、この話をFacebookで書いたら、過去の記事でも同じような「当社」の使用例があったという報告もさっそく同業者からいただきました。また、この種の文章ではありがちだろうというご指摘もありました。
たしかに、国語辞典を見ても「その―」で使う可能性はありそうです。
④名詞の上に付いて、「この」「その」「私どもの」、また、「現在の」「今話題にしている」などの意を表す。「―劇場」「―案件」【大辞林 四】
(赤字は引用者。以下同)
『大辞林』では、このように語釈のなかに「この」「その」があります。ただ、それに当たる用例はあげられていません。
②いま話題にしている物事。
「当の本人は何も知らない」「当商店連合」「当家・当地」【明鏡 三】
『明鏡国語』の「いま話題にしている」はなかなか含みのある語釈で、これだと「当機」「当博物館」のような使い方が十分に当てはまりそうです。ただし、こちらも用例からそうは判断できません。
③〈連体〉この。「―会館」|用法| 多く、「私どもの」という気持ちで使う。【三現新 七版】
『三省堂現代新国語辞典』では「多く~」と書かれているので、逆にいえば「私どもの」ではない使い方も少ないとはいえあるという意味だと解釈できます。
詳しかったのは、『小学館 新選国語辞典 第十版』でした。
③〔連体詞的に〕その。この。「当家・当社・当地・当協会・当劇場・当研究所」⇔同・本。
|参考| ③の用法には、文脈から指定される話題に関する事がらと、自分や自分の所属する機関を指す用法とがある。「当大学」は、「その大学」と「わたくしの勤務する大学」の両方の意味があらわせる。「本官・本委員会」のように使う「本」には、後者の用法しかない。「同」は「同議員・同対策本部」のように、もっぱら前者の意味で使われる。【新選 十】
どちらの使い方もあるとはっきり書いてあります。この記述があったので、採点のときにはやはり減点対象にはできないと判断したのでした。
自分自身ではまず使わない用法です。自分が何か書いたり訳したりするときなら、そういう自分の語感に従って済む場合もあります。一方、人が書いたものの適否を判断するとなると、自分の語感だけに頼るのは厳禁、必ず確認しなければならない。最近、複数の辞書をいくつも引くのは、むしろそういうときのほうが多いかもしれません。
ところで、上で紹介した『新選国語辞典 第十版』、LogoVistaから新しく出るようです。
ただし、どういうわけかAndroid/iOS/macOSにのみ対応で、Windows版は出ません。LogoVistaさん最近はがんばっていると思っていたので、これはちょっと残念です。
ということで、『新選国語辞典』をWindows上で使いたいなら、今のところまだDONGRI版(3年間で2,970円)のみ。