# 定例トライアル10月号の解説補足

『アメリア』定例トライアルでわたしが担当している〈実務(IT・テクニカル)〉分野。2024年10月号では、スミソニアンの公式サイトにあったニュース文から出題しました。

www.smithsonianmag.com

こういう宇宙もののネタ、わたし自身の好物です^^;

日本のJAXAが運用した小惑星探査機「はやぶさ」も、地球帰還時にはいろいろと擬人化されたりして盛り上がりました。NASAの火星探査ミッションで活躍したヘリコプター Ingenuityも、この文中ではやや擬人化されて描かれています。

ごくごく平易な英文なのですが、実際に出題して翻訳答案が集まってみると、やはり意外なところでつまずいてしまうようです。大きなポイントについては、年末年始に届いた1月号の「講評」に書きましたが、書き切れなかった点のうち、

  • 英文解釈上の注意点
  • 日本語表現上の注意点

をひとつずつ、追加で説明しておこうと思います。原文は上のリンク先でも読めるので、以下で引用する内容はアメリア会員でなくても確認できるはずです。

one of〈複数形〉は「~のひとつ/ひとり」とは限らない

該当するのは、原文の以下の箇所です。

In a press conference that day, Laurie Leshin, director of NASA’s Jet Propulsion Laboratory (JPL), which oversaw the helicopter’s development, said, “I look forward to the day that one of our astronauts brings home Ingenuity and we can all visit it in the Smithsonian.”

(太字は引用者。以下同)

動かなくなった Ingenuityヘリコプターはもちろん火星に放置されています。NASAは有人の火星ミッションを予定しているので、いつの日かNASAの飛行士がその機体を持ち帰る日が来るといいなあと、JPLの所長が述べている部分です。

したがって、ここに出てくるastronautsというのは、そのミッションで火星を往復する宇宙飛行士を指しているわけですが、もちろん不特定ですし、人数も不定です。ところが、英文ではそこに "one of" と付いている。ということで、「宇宙飛行士のひとり」という訳が相当数(全体の3分の1近く)ありました。

ここには、翻訳に関して大きく2つの問題があるのだろうと思います。

  • 絵が描けていない
  • ○○のひとつ覚えに陥っている

まずは、「絵」の問題です。

"one of our astronauts brings home Ingenuity" という英文を読んで、どんな「絵」が思い浮かんだでしょうか? 火星にひとり残されたマーク・ワトニーが帰還するのなら「ひとり」かもしれませんが……*1

NASAのこれまでの宇宙探査ミッションの例を考えれば、少なくとも数人のクルーが往還するはずです。

では、なんで英語では "one of" とあるのか。これは、手間を惜しまずちょっと辞書を引けば解決します。

― pron.
1(1)(ある特定された数・種類・群などの中の)(任意の)(1人の)人,(1つの)物[of,out of,among ...]

これは『ランダムハウス英和辞典』からの抜粋ですが、カッコの付き方に注目してください。

(任意の)(1人の)人,(1つの)物

なので、(1人の) (1つの) はオプションです。これに続く用例を見ても、one of の形で「ひとつ」「ひとり」とは訳していない例がたくさんあります。

あるいは、one of these days などという熟語でもoneは「ひとつ」に限定はしていないわけで、それを連想してもいいでしょう。

翻訳するとき、特に気をつけなければいけないのが、

自分の知識と記憶に対する過信

です(多くの先人も異口同音に警告しています。過信しているから辞書を引かない。過信しているから「○○のひとつ覚え」の訳で済ませてしまう。そうならないよう、このことは肝に銘じておきたいものです(自戒の念も込め)。

日本語表現―「○○に位置する」

該当するのは、原文で前項に続く以下の箇所。

The popular museum on the National Mall—and its auxiliary Steven F. Udvar-Hazy Center in Chantilly, Virginia—have hundreds of objects on display having to do with flight on Earth, but this will be the first having to do with autonomous flight on another planet.

the popular museumとは、前パラグラフに出てきたNational Air and Space Museum(国立航空宇宙博物館)です。その所在地が "on the National Mall" と書かれているので、つまり「ナショナルモールにある国立航空宇宙博物館」と言っているだけです。

ここで、「~に位置する」という日本語を見かけました。多くはないものの、答案の1割近くです。これ、①個人的に最初に引っかかりを感じた→②減点するほどではないかと考えた→③しばらく調べた結果、重大ではないがやはり不自然と結論、という経過をたどりました。

この表現を使った人はおそらく、「〈どこそこ〉にある」の意味で「〈どこそこ〉に位置する」と言えると考えたのだろうと想像します。たしかに、そう言えそうな気もします。

参考までに、ChatGPTくんに訊いてみましたが、この程度です。

chatgpt.com

国語辞典で「位置(する)」を引いてみれば解決すると思うのですが、しっかり読み取る必要があります。

①〈どこニ─する〉そのものが、問題とする空間において一定の所に存在すること。また、その存在する所。〔一般に、点としてとらえられる所を指す〕 「船の─を確かめる/日本の南に─する国」【新明解国語辞典 八】
②〈-する〉ものがある場所。また、ある場所を占めること。「山の南に位置する」【現代国語例解 五】
①ものがあるべき場所、または、ある場所にあること。|例| 位置につく。その山は県の西南に位置する。【例解新国語 十】

おわかりでしょうか。単に「〈どこそこ〉にある」の意味ではなく、「〈どこそこ〉の〈どこどこ〉に存在する」の意味で使われるのが「~に位置する」です。したがって、問題の箇所を、少し情報を補って「ワシントンDCのナショナルモールに位置する」ならまだよかったかもしれませんが、単に「ナショナルモールに位置する」と書くのは、だいぶ無理があることになります。

ここでの教訓は、(ターゲット言語で出力するとき)自分のアクティブボキャブラリーとパッシブボキャブラリーの

狭間にある語句は必ず調べてから使う

というでしょうか。使い慣れない言葉をうっかり使うのは禁物です。

*1:念のため説明。マーク・ワトニーとは、『オデッセイ』のタイトルで映画にもなったSF小説の主人公。事故で火星にひとり取り残されるが、最終的には地球に帰還する。といったって、自力ではなく仲間が助けに来るので、厳密にはこれだって帰還時に「ひとり」ではない。