古い新潮文庫から、こんなチラシが出てきました。
発行は「’85-9」つまり昭和60年9月。同年11月に刊行された『新潮 現代国語辞典』 の刊行を告げる予告チラシです。
この辞典、現行の小型国語辞典のなかではどちらかというと重厚、やや古風な印象なのですが(具体的な特徴については後述)、刊行予告の文面は妙に軽い。そう、あれですね。文体も語彙も
1980年代っぽい
ノリになってる*1
なにしろ、
「現代日本語の超LSI!」
「読めない字も引ける、マイコン!」
です。85年だと、どっちの単語も最新のキーワードだったのでしょう。
中面を開くと、さらに80年代っぽさであふれています。
(クリックで拡大できます)
「~オジンと若者は昔も今も」
「頭いきいきの人はこれ使っちゃう」
「バカ暗記ハ忘レル!」
「若者」には「ヤング」とルビが付いてます。で、この「頭いきいきの~」って何なんでしょうか。当時だってそんな使い方はなかった気がしますし、当然この辞典にもそんな使い方は載ってないわけですが、なんか言葉の勢いで押し切っちゃってる感じ。カタカナ書きの意図も、いまひとつよくわかりません。
そして、裏面には新しく収録した語が誇らしげに。
新しい技術用語などはともかく、「衽(くみ)」とか「裑(みごろ)」とか、裁縫関係の用語がことさらに紹介されているのは、まさか暮しの手帖事件をいまだに引きずっていたのでしょうか……*2。
ということで、『新潮 現代国語辞典』の実物がこれです。
手元にあるのが、まさにその11月に出た第1版第1刷でした。
「序」に書かれているとおり、『新潮国語辞典 現代語古語』(1964年)の流れを汲む辞書であり、現在も第二版(2010年)が出ています。
ではこれがどんな辞書かというと、上でご紹介した予告チラシの雰囲気とは似ても似つかない、"格式高い"辞書です。たとえば、用例は「幕末以降、昭和二十年までの文献より採集したものを主と」しています(「凡例」より)。現代文学からの引用はなく、作例も少数。
クナン【苦難】くるしみや難儀。〔ヘボン〕「惟ふに今後帝国の受くべき―は固より尋常にあらず」〔詔書・昭二〇〕
〔ヘボン〕とあるのは、『和英語林集成』*3に載っている語彙であることを表します。そして、用例はなんと「))終戦の詔」ですよ。そんなもの(失礼)を用例に採っている辞書というのは、そうそうないはず。作例は否定されるものではありませんが、由緒正しい出典が用例になっているという安心感はあります。
サンキュータツオサンの『学校では教えてくれない! 国語辞典の選び方』でも紹介されています。
おなじみのキャラクター擬人化で言うと「実はイロイロ知ってる文学青年」であり、
頼もしくて、味方にしたい信用できるやつ
だそうです。