# 『パンチラインの言語学』ほか - 川添愛さん読書案内

川添愛さんの最新刊。今回もあちこちで大笑いしながら付箋も貼りまくった。

いつもながら、「ことばを分析的に考える」ということがとても平明に説明されている。しかも、笑いのツボもふんだんに仕掛けてある。

帯の裏には

エンタメ8割、言語学2割

と書いてあって、このくらいの絶妙な割合の語りがそろそろ名人芸の域に入ってきた。

このブログで本を紹介するときの常として、おもしろかったところをいくつか引用しようと思ったのだが、付箋を貼った箇所を改めて見直すと、どこを引用してもネタバレになってしまう。それはもったいないので、同業者にはぜひ読んでほしいのだが、ひとつだけ書いておくと、

終助詞「よ」と「ね」の使い方

に悩むことが多い人には特におすすめしたい。

 

ということで、ついでなので川添愛さんの既刊本の読書案内もまとめてみた(過去記事へのリンクもあり)。

川添愛さんには、三つの顔がある。

ひとつ目は、〈言語学の専門家〉〈ことばコミュニケーター〉としての顔だ。

〈ことばコミュニケーター〉というのは、いまわたしが勝手に作った造語(もちろん、「サイエンスコミュニケーター」などの用語からの連想して)。川添さんの著書を読んだことがある方には、なんとなく通じると思う。

同業者にいちばんおすすめしたいのがこのカテゴリーの著作で、ことばを使う職業として押さえておきたい話が、どの本にもいろいろと出てくる。

川添さんのお名前が一気に知られるようになったのは、たぶんこの本からではないだろうか(違ってたらごめんなさい)。ただし、後述する別の顔の要素も大きい一冊だ。

 

わたしが明確に川添さんの著作をマークするようになったきっかけがこれ。当時も記事にしているように、

baldhatter.hatenablog.com

翻訳者にはぜひ読んでほしいイチオシの推薦図書。訳文を作るときのヒントを随所から掘り出すことができる。この本にほれこんだ勢いで、2021年のJTF翻訳祭には、川添愛さんご本人にご登壇をお願いした(その節はありがとうございました m(__)m)。

 

新書ということもあって、これもけっこうヒットしたと思う。そして、これの延長線にあるのが、7月に出たこちらだ。

このあたりの著作に共通しているテーマは、ずばり

わかってもらうこと

だ。

わたしたちはふだん、同じ言語を使っている人間どうしであれば意思疎通ができていると思って暮らしている。実際、世の中の9割くらいまではその前提で動いている。ところが、思わぬところで「自分のことばが通じない」「相手のことばがわからない」という場面に遭遇する。〈ことばコミュニケーター〉としての川添さんは、その理由と回避方法を徹底的に解明し説明しようとする。

振り返ってみれば、翻訳というのも自分が書いたものを「わかってもらうこと」を第一義とする仕事だ。だから、〈ことばコミュニケーター〉としての川添さんの著作に、うなずくところも多いし発見することも多いのは当然なのである。

ふたつ目は、〈小説家〉としての顔。こちらは意外と知られていないかもしれないし、前項と違って同業者におすすめというカテゴリーでもない。

数の女王

数の女王

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素因数分解など、情報科学に関わりのある数学がたくさん出てくる。この本もそうなのだが、

『精霊の箱 上: チューリングマシンをめぐる冒険』

『精霊の箱 下: チューリングマシンをめぐる冒険』

自動人形の城(オートマトンの城): 人工知能の意図理解をめぐる物語

あたりも、「人間の言語」を扱いつつ数学や情報科学、そして人工知能にまで話は広がっていく。冒頭にあげた『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット』も、ややこちらのカテゴリーに属している。

〈ことばコミュニケーター〉としての著作が翻訳者にとっても直接的な効能をもつのに対して、小説のほうはもっと広い視点で人間とこれからのAIを考えるときに効いてくる。

そして、みっつ目は〈ことばの格闘家〉としての顔。この表現も、いま作ってみた。いうまでもなく、↓ の大ヒット連作から決めたラベルだ。

言語学バーリ・トゥード

言語学バーリ・トゥード

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表紙はこんなだが、タイトルどおり言語学の話もいろいろ出てきて、翻訳者にもおすすめしたい。重要なのは、川添さんの「話芸」がこのシリーズで確立したらしいということだ。

最新刊『パンチラインの言語学』はこのカテゴリーといっていいかどうか微妙だが、〈ことばコミュニケーター〉としての顔と〈ことばの格闘家〉としての顔が、この一茶で見事に一体化した。これからも、ぜひこの路線できっとヒットを飛ばしていただきたい。

〈ことばの格闘家〉という命名は、単にご本人が格闘技の大ファンで、いきいきと格闘技のことを語るからだけではない。言語学の専門家として、小説家として、ことばコミュニケーターとして言語学その他の分野を平易に説明しようとするとき、川添さんは「ことばを相手に格闘技のいろいろなワザを繰り出している」ように見えてならないからだ。それを説明するために、『パンチラインの言語学』から、やはりどうしてもここだけは引用しておきたい。

人生のどこかで「おれ(   )資格は十分にある!!」という穴埋め問題に出くわす可能性を考えて、この能動態と受動態の違いはしっかり押さえておきたい。

これがどんな文脈で出てくるかは読んでからのお楽しみとして、こういう可能性を考えながらことばを扱っているというのは、〈ことばの格闘家〉と呼ぶにふさわしいと思うのだ。

川添さんの「話芸」と書いた。こういう話芸で語る講演をぜひ聴いてみたい。舞台はもちろん、後楽園ホールのリングだ(行ったことないけど)。