『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット』で、翻訳者の間でも広く知られるようになった川添愛氏の最新刊、
を読みました。
帯の売り文句でも分かるとおり、日常会話とかSNSへの投稿とか、そういう「ふだん使い」の言葉に気をつけたいという一般の読者を想定した良書ですが、翻訳者、特に英日翻訳をしている人にもおすすめです。
特に、日頃から
何となく感覚だけで日本語を使っている人
には、ちょうどいい日本語ドリルになりそうです。
もちろん、膨大な読書量に支えられた豊富な語彙力と優れた日本語運用能力があって、感覚だけでも素晴らしい日本語が書けるという才人には必要ないのかもしれません。でも、そうでなければ、本書は一読の価値があるはずです。
「まえがき」から一部引用します。
重要なのは、自分の中の「無意識の知識」を意識し、その中にみられる傾向や法則性をつかむことだ。そうすることで、「他人が自分の言葉をこのように解釈するかもしれない」とか、「自分のこの言い方は不自然に聞こえるかもしれない」などといったことに気づく機会が増える。
ここにある
「無意識の知識」を意識する
って、私たち翻訳者にとっては欠かせないプロセス、あるいは不可欠なスキルだと思うわけです。
目次に並んでいるキーワードを並べただけでも、翻訳者なら、あちこちでハッとさせられます。
・語句の多義性
・言葉の不明確性
・一般名詞が招く誤解
・否定の影響範囲
・背景的な意味
・言外の意味を意識する
あるいは、
・品詞の違いを理解する
・離れた単語どうしの関係
・文の中核――述語と名詞句
・名詞句と格助詞の組み合わせ
・文の中の「文っぽいもの」
さらには、
・並列的に繋げられているのは何?
・どこからどこまでが従属節?
・似たような語の並び、異なる構造
などなど。
そして、本書はこういう観点でとらえた「ふだん使い」の言葉を、具体的に分析する手法を紹介し、それを修正する指針を示してくれます。日本語を理論的に分析する方法を身につけ、それに基づいてちゃんとした日本語を書く――つまりは(英日の)翻訳者に欠かせないスキルです。その格好の手引きになるのではないでしょうか。
文法用語は最小限にとどめてあります。「文っぽいもの」というのは「節 Clause」のことですが、言い得て妙だと思いました。
挙げられている例文は、翻訳の現場で遭遇する日本語よりはるかに単純で、そこに物足りなさを感じるかもしれません。でも、たとえば、
花子は太郎がギャンブルをやめると信じている。
花子は太郎にギャンブルをやめさせたいと思っている。
花子は太郎にギャンブルをやめるように言った。
この3つの文(本書p.136より)について、構造の違いを説明できるでしょうか? そういうことです。
あとひとつだけ引用します。
言語というものの難しいところは、その知識が個人的なものであると同時に、公共的なものでもあるという点にある。
第四章にあるこの一節は、翻訳者が常に心しておくべきことだと思いました。