# ネットで "ことばの違い" を調べたら―

ひとつ前の記事に書いたように、「辞書」と「辞典」にはおもしろい違いがあるわけですが、さて、これをネットで調べたらどうなるかという話も書いておきます。

www.google.co.jp

トップには、しばらく前から Google 検索に実装された「AI による概要」が出てきます(邪魔でしかたがない。これを消す方法もあるようなのですが、いろいろうまくいかないこともあり、道なかばです)。

これ、どう思います? 正しいことも書かれていそうですが、意味不明な内容とかウソも含まれていますよね*1

ところで、各パラグラフの最後にリンクアイコンが表示されるのはご存じですか? 検索結果の右側にソースの一部が表示されていて、それと連動しています。

このソースも見ながら検証していきます。

「AI による概要」の、まず第1パラグラフ。

辞書と辞典は、ほとんどの国語辞典では同義語として扱われていますが、辞書は単独で使われることが多いのに対し、辞典は書名として使われることが多く、その差はわずか20数年です。

「辞典は書名として使われることが多く」という記述は、前記事でわたしが紹介した内容と一致しています。ところが、それに続く「その差はわずか20数年です」が意味不明です。ソースはジャパンナレッジだそうです。そんなことが書いてあるのでしょうか?

japanknowledge.com

これ、神永暁さんの連載記事です。神永さんがこんな意味不明なことを書くはずはありません。そのナゾは、リンク先をちゃんと読めば解けます。

~「辞書」の最も古い例は、幕末に刊行された蘭日辞書『和蘭字彙(オランダじい)』で、これは安政2~5(1855~58)年の成立である。
 一方「辞典」はというと、明治以後に生まれたようで、国語学者の物集高見(もずめたかみ)が編纂(へんさん)した『日本小辞典』(明治11(1878)年)が最初だと言われている。同書の序文には「文明諸国莫不有辞典(文明国に辞典のない国はない)」とも書かれている。
 その差わずか20数年であるが、~
第76回 「辞書」と「辞典」 - 日本語、どうでしょう?より)

つまり、2つの用例の出現時期について言っている。それを、AI がこんな風に適当にまとめちゃったわけなんでした。

次のパラグラフは、ソースが学研の公式ブログ(2018年10月)ということで、こちらも信頼できそうに思うのですが、さて、内容はどうでしょうか――。

また、辞書は言葉の意味などを調べられる書籍に限らないデータベースのことを指すのに対し、辞典は言葉の意味などを調べるための書籍を指すという違いもあります。たとえば「国語辞典」のことを「辞書」とは呼んでも、スマートフォンやパソコンで使う「電子辞書」のことを「辞典」とはあまり言いません。<

???

「辞書」は書籍に限らず、「辞典」は書籍を指す? 電子辞書のことを辞典とはあまり言わない?

うーん、言いたいことがよくわかりません。少なくとも、わたしのもっている常識とは反します。やはり原文を確認してみましょう。

しいて言うならば「辞典」は言葉の意味などを調べるための書籍を指すのに対して、「辞書」は言葉の意味などを調べられる書籍に限らないデータベースのことを指します。たとえば「国語辞典」のことを「辞書」とは呼んでも、スマートフォンやパソコンで使う「電子辞書」のことを「辞典」とはあまり言いませんよね。
【10月16日は辞書の日】辞書って実はおもしろい! を知ろう | (株)Gakken公式ブログより)

どうやら、こちらはAI のまとめが間違っているわけではないようです。そうすると、これは残念ながらGakkenさんの、というかこの記事を書いたライターさんの誤解・ご認識が疑われます。たしかに、物書堂のアプリは「辞書」であって「辞典」ではありませんが、「辞典が書籍」で「辞書は書籍に限らない」というのは、少なくともわたしは初耳ですし、調べた範囲でもまったく確認できません。

では、「AI による概要」の第3パラグラフはどうでしょう。

辞典は、ことばや文字をある視点から整理して配列し、その読み方、意味などを記した書物です。辞彙(じい)、字典、字彙、字引などとも呼ばれます。

これもソースはジャパンナレッジで、ただし今回はそのコンテンツのひとつ「日本大百科全書(ニッポニカ)」です。引用はしませんが、さすがにソースとAI まとめにズレはありません。

 

ということで、「AI による概要」の成否を整理すると、3つあるパラグラフのうち

  • 1つ目はAI によるまとめに不備がある
  • 2つ目はソースの内容に疑問がある
  • 3つ目はソースどおりで適切

ということになり、正解率は3分の1でした。

 

では、それ以外に Google 検索でヒットしたサイトはどうか? 検索結果は環境によって違うと思いますが、わたしの環境では以下のようなサイトがヒットしました。

  1. 辞典と事典の違いとは? 使い分け方や字典、辞書についてもわかりやすく解説|マイナビ
  2. 「辞書」「辞典」「字典」「事典」の違い 「辞書と辞典は同じ」説も – OHTABOOKSTAND
  3. 「辞典」「事典」「字典」「辞書」の違い | 「ことば」について考えよう
  4. 事典と辞典,字典の違いはなにか。 | レファレンス協同データベース
  5. 辞書 と 辞典 はどう違いますか/HiNative

 マイナビとか HiNative は、言葉の「違い」を検索するとよくヒットするサイトです。レファレンス協同データベースも便利なサイト。ただし、今回のマイナビとレファ協は「事典」や「字典」との違いがメインなので除外し、残りについて確認します。

2. は太田出版のページです(2015年2月)。

「たとえば『英単語を覚えるため、1ページごと辞書を食べた』などの例文では『辞書』を『辞典』とは言い換えられないですよね。反対のケースもあって、『英和辞典』を『英和辞書』とも言い換えられない。つまり、両者は非常に意味が似ていますが、言い換えができない以上、まったく同じ性質の言葉だとは言い切れないと思います」

という金田一秀穂氏の言葉を引用しているものの、

まだまだ謎が残る辞典や辞書の言葉の定義ですが、これらを生涯をかけて解き明かしていくのが、真の辞書好きの使命なのかもしれません。
「辞書」「辞典」「字典」「事典」の違い 「辞書と辞典は同じ」説も – OHTABOOKSTANDより)

という締めくくりで、結論は示されていません。

3. は個人サイトのようです。

「辞書」と「辞典」には違いがありません。
「書」と「典」と表記が異なりますが、「典」には書物という意味があるので、実質的に同じものと言えます。

とまとめていて、国語辞典にあるような違いにも言及されていません(ただし、こちらのサイトは全体的に好感がもてました)。

5. は、言うまでも投稿による問答形式なので、信頼性の有無については、言うまでもありません。

 

もともと、日本語でも英語でも類語の使い分けは難しいものです。そのせいか、どうもトラフィック稼ぎを目的にした、信用ならない「違いまとめサイト」も頻繁に見かけます。今回の検索結果も、もう少し下まで見ていくと、いい加減なサイトがいくつか出てきます。

*1:現状の生成AIの実力を測ろうと思ったら、こうやって〈自分がよく知っていること〉を調べるとよくわかります。