# みだりに収録す

子どもの頃「みだりに」という言葉を初めて耳にしたとき、「右や左に」を縮めた言葉だと思ったのは、私だけではないと思う。それはともかく――

今野真二先生の『振仮名の歴史』を読んでいたら、この「みだりに」がおもしろい文脈で出てきた。

第4章、明治期の布告・布達に付いたふりがなに関するくだりに出てくる用例だ。

此書ハ、御布告及ビ日誌新聞等ノ語中ヨリ童蒙ノ解シ難キ文字ヲ抄出シ告示ヲ以テ音訓ヲ付シ、且ツ、捜索ニ便ナラシムル為ニ仮名ツカイ等ヲ正サズ叨〈みだ〉リニ収録ス

※引用中、カタカナとひらがなの使い分けは出典どおり。また、実際にはいくつかの漢字の右にふりがなが付いているのだが、ここでは、必要なところにだけ〈 〉を付けて表した。太字・赤字は引用者。

この「叨〈みだ〉リニ」の使い方がちょっとおもしろいという話を中心に、『振仮名の歴史』を読んでいてふと思ったことを、いくつか書いてみた。また、今回は基本的に「ジャパンナレッジ」(以下、JK)に収録されているコンテンツをいろいろと渉ってみたので、そういう話でもある。

japanknowledge.com

まず「叨」という漢字だが、JK収録の『字通』(平凡社)によると、という異体字がある。「号」に「虎」が並んでいて、字面はなかなかカッコいいし、たしかに「むさぼる」という感じがする。

[1] むさぼる、そこなう。饕の俗字。
[2] みだりに、みだりにする、かたじけなくする。

という意味があるらしい。

で、この「みだり(に)」という言い方。今だと「みだりに~するな」のように、「打ち消しの禁止表現」を伴うのが普通だ。JK収録の『法律用語辞典(第5版)』(有斐閣)にも、こうある。

1 一般には、「度を過ごして」、「勝手気ままに」、「やたらに」、「むやみに」などと同じ意味。
2 法令では社会通念上正当性があると認められる範囲を超えてある行為が行われるような場合に、すなわち、違法性があることを示すため用いられる。例、「何人も、交通の妨害となるような方法で物件をみだりに道路に置いてはならない」(*道交七六③)。

『日本国語大辞典』を見ても、打ち消し禁止を伴う用例が多いが、肯定形がないわけではない。

1 秩序を無視するさま。道理がたたないさま。
*日本書紀〔720〕孝徳・大化二年三月(北野本訓)「勢を恃む男有りて、浪(ミタリ)に他(ひと)の女(むすめ)に要(ことむす)ひて」
2  思慮、分別を欠いているさま。いいかげんであるさま。
*大唐西域記巻十二平安中期点〔950頃〕「長悪に群居して忘(ミダリニ)威福を行ぜり」

ただ、それでもやはり基本的にイメージは「マイナス」だろう。

ところが、先の明治期の布告文にあった

仮名ツカイ等ヲ正サズ叨〈みだ〉リニ収録ス

というのは、言ってみれば「原文ママで収録した」ということだろうから、マイナスイメージはないはずだ。ちょっと時代が違うとこういう使い方もあったのか、とちょっとおもしろかった。

明治期の言葉だから、ということで『和英語林集成』(講談社学術文庫)も見てみた。

MIDARI NI ミダリニ 妄 adv. Disoderly, arbitrarily, irregularly;

arbitrarily とあるので、これだと、マイナスではない意味で使えそうだ。この辞書にこう書いてあるくらいだから、当時はマイナスでない使われ方が、ほかにもあったのかもしれない。青空文庫もざっと見てみたが、打ち消しや禁止を伴わない用例はあっても、ここまでマイナスのない使い方はなかなかない。もっと調べれば見つかりそうな気もするが、そこまでの時間はないので、この話はこれで終わり。

この布告文に出てきた「童蒙」という言い方も、時代を感じておもしろい。『日本国語大辞典』を見ると

まだ幼くて、物の道理に暗い者。子ども。

とあり、そのほかどの国語辞典でもあらかた同じような語釈が並んでいる。が、先の布告文で使われている「童蒙」は、むしろ「童や蒙」という気がしないでもない。

それから、『振仮名の歴史』には、普通に見るルビ、つまり右に付くふりがなだけではなく、左ふりがなの話がたくさん出てくる。

〈トモダチ〉朋友〈ホウユウ〉

のように、漢字語の右に読み左に意味を付ける表し方だ。これ、今でもやりようによっては便利に使えそうに思うし、どこかの出版社がこんな感じで本文の横に解説を付けているシリーズもあったような気がする。

この「左ふりがな」で思い出したのが、Kindle端末にあるWordwiseという機能だ(iOS版やPC版のKindleでは使えない)。

こんな風に、単語の上に簡単な語義が注釈として表示される。ここでは注釈を付ける単語の難易度も変えられる(上の写真はもっとも易しい、つまり注釈がたくさん表示される設定)。

ということで、『振仮名の歴史』はなかなかおもしろい。読み終わったら、また何か書くかもしれない。