#『言語学バーリ・トゥード』~ "言語学者" の軽妙なエッセイ

いきなりタイトルからそれますが、日本翻訳連盟(JTF)の翻訳祭は、今年もすべてオンラインで、2週間をかけて開催されます。

www.jtf.jp

今年も、個人翻訳者と翻訳会社の双方にとってお役に立ちそうなプログラムをがんばってそろえていますが、なかでも個人的にうれしいのは、言語学者の
川添愛さん
をお呼びできたことです。プログラム委員として私が発案し、川添さんに快諾いただきました。

その川添さんの最新刊が、今回のタイトル。

4月に記事を書いた『ふだん使いの言語学』も一般向けの本でしたが、こちらはもっと気軽に読めるエッセイです。

東京大学出版会のPR雑誌『UP *1』で2018年4月から始まった連載がベースです。この連載は今も継続しているので、よく見ると今回のタイトルも

Round 1

と付いています。つまり続刊があるということで、これも楽しみ。

翻訳者にぜひおすすめだった『ふだん使いの言語学』とは違うので、内容は紹介しません。以下は単なる感想であり、読書案内にはまったくなっていません

 

タイトルにある「バーリ・トゥード」とは格闘技用語で、たまたま私は知っていましたが、実は著者が大の格闘技ファンだというのは今回初めて知りました。そのタイトルどおり、本編でも格闘技ネタが飛び交います。でも、それほど格闘技に詳しくなくてもちゃんと楽しめるのはさすがの筆力です。

そのほか、テレビや芸能のネタも多く、こちらにも私はとんと疎いのですが、まったく気になりません。読者の全員には通用しないであろう話を、それでも通じるように書く、それも説明過剰ではなく、かといって嫌味にもならないという絶妙なタッチが続きます。

そのほか、ゲームのネタが多いのも予想外でした。それも、テレビゲームだけでなく、なんと序文でいきなり

ゲームブック

という言葉が出てきたのには驚きました*2

しかも、序文だけではなく、p.194 には

なんだか「デスパラグラフが多すぎてクリアできないゲームブック」

なんて記述まであります。

この「デスパラグラフ」って、知らない人にはまったく通じない言葉です。もちろん「クリアできない」と続くので、知らなくても意味はわかるように書かれています。要するに、パラグラフを選んでストーリーを読み進んでいくゲームブックで、プレイヤーである読者が「死んで」しまってそこで終わり、というパラグラフのことです。日本では、

14へ行け

というフレーズがわりとよく知られています*3

テレビゲームもけっこうお好きらしく、MMORPG *4 の話も出てきます。(笑)と同じ意味の w が、オンラインゲームのチャット中に生まれたという語源説のくだりです。

私も、海外製 MMORGP の『EverQuest』とその続編『EverQuest II』に一時期かなりはまりましたが、w を使った記憶はないなあ……と思い返してみたのですが、それは当たり前でした。プレイヤーのほとんどが海外勢で、チャットも英語。だから(笑い)に当たるのは lol だったのでした。

ところで、そのオンラインチャットについて書かれた以下のくだりにも吹きました。

列車のように連なる多数のモンスターに追いかけられながらカキコ(死語)をする必要などないので~

この「列車」というのも、たいていの読者にそれなりには通じるはずですが、実はMMORPG に独特の表現。英語でもそのまま Train という単語を使っていました。

私自身が少しだけ詳しいゲームのネタだけでもこうなのですから、格闘技ネタの部分も、もしかすると、いや間違いなく、詳しい人にはもっと楽しめるに違いない。そんな作りになっていそうです。

*1:University Press の略。OUP=Oxford University Press と同じ。よって、「アップ」ではなく「ゆーぴー」と読む

*2:ゲームブックとの関わりについては、そのうち書くかもしれないし、書かないかもしれない。グレイルクエスト - Wikipedia この記事を見ると、ちょっとだけわかる

*3:このネタについても、グレイルクエスト - Wikipedia を参照

*4:ご存じない方は、こちとらをどうぞ: MMORPG - Wikipedia