# 『てにをは連想表現辞典』~今ごろですが

2015年に出た(まだ)新しい辞書なのですが、今まで自分では持っておらず、したがって紹介もしたことがありませんでした。このたびようやく購入し、自分のこれまでの不明を恥じております。

言うまでもなく、日本語のコロケーション辞典として定評のある『てにをは辞典』(2010年)の姉妹書です。

てにをは辞典

てにをは辞典

  • 発売日: 2010/08/24
  • メディア: 単行本
 

『てにをは連想表現辞典』が出たとき、『てにをは辞典』の評価はすでに確立していたので、「~連想表現」が出たときも当然ながら話題にはなりました。私も当時から書店で手に取る機会はあったのですが、お恥ずかしいことに、そのくらいでは「連想表現」がいったいどんな辞書なのか理解が及ばず、何となく手が出ていなかったのです。

ただ、みっともない言い訳をさせていただくと、これってタイトルで損しているのでは、とも思います。

『てにをは連想表現辞典』というからには『てにをは辞典』の関連辞書だろう、と誰でも想像します。そして、「てにをは」がコロケーション辞典だったのだから、じゃ「てにをは連想表現」というのは、コロケーション辞典に何か連想とか表現とかの要素が加わったもの? と思うじゃないですか。でも、だったらその「連想」とか「表現」の要素ってどんなことなのか、そこがどうもはっきりしなかった。

その類推が大きな間違いでした。『てにをは連想表現辞典』は、分類するなら
類語辞典
です。

「連想」というのは類語グループの広がりのこと。そこに「てにをは」つまりコロケーションの要素を加えた用例が並べてあり、そこから「表現をさがす」ために作られた辞書だということが、こうしてちゃんと手元に置いてみて初めて分かったのでした。

てにをは連想表現辞典

てにをは連想表現辞典

  • 発売日: 2015/08/27
  • メディア: 単行本
 

つまり、類語辞典でありながら、おそらく類書のない unique な存在。そこをもっとアピールして売ってもいいんじゃないでしょうか^^;

では、この辞書の「連想表現」とはどういうことなのか。具体例を見ることにします。

この記事の冒頭で「不明を恥じて~」という表現を使いました。この「不明」を両方の辞書で引いてみます。

『てにをは辞典』のほうは、普通の国語辞典と同じく五十音順です。

ふめい【不明】▲を 解決する。謝する。詫びる。おのれの~つぐなう。自身の~恥じる。▲な 点。正体の~病気。輪郭の~寂しさ。▲の 原因~高熱が続く。▼一切の事情が。正体が。所在が。真意が。文意が。輪郭が。論拠が。依然として。意図は。意味。皆目。詳細は。と真偽のほどは。真否は。生死のほどは。今に至るも。その後の消息は。

(p.1455より)

「不明」という語の後ろに続く助詞または語尾(を、な、の)とそれに続く語句、「不明」という語の前に置かれる語句や助詞、熟語などが示されています。ちなみに、「不明」は大きく分けて2つの語義がありますが、ここではその両方が混在しています。

一方、『てにをは連想表現辞典』のほうは類語辞典なので五十音順には並んでいません。「1 挨拶する・祝う」「2 愛する・可愛がる」「3 会う・訪れる」……「382 悪い・良い」というカテゴリー(この辞書の言い方では「引き出し」)にまとめられています。もちろん、「不明」がどのカテゴリーに分類されているかという探し方は無理なので、ちゃんと索引があります。

ちなみに、こういう「カテゴリー分類と実際に引くための索引」というのが、類語辞典の一般的な構造です。

「不明」を引くと、p.293とp.523の2か所に載っていることが分かります。「不明」には大きく分けて2つの語義があるので、これは当然です。p.293のほうは「95 賢い・愚か」の引き出しに、p.523のほうは「170 知る。分かる」の引き出しにあります。いま調べたいのは「不明を恥じる」という使い方に該当する「不明」ですから、引くべきはp.523ではなくp.293のほうです。念のためにp.523を見てみると、

不明【不明】▼不明(一切の事情が。勝敗の帰趨は。真偽のほどは。生死のほどは。その後の消息は)。輪郭の不明な寂しさ。原因不明の高熱が続く。

となっています。同じページに載っているのは
知性【知性】、てにとるよう【手に取るよう】、ともかく、ないじょう【内情】、なぞ【謎】、なぞとき【謎解き】、なるほど、にんしき【認識】、ねんれいふしょう【年齢不詳】、はかりしれない【計り知れない】、パズル、はつみみ【初耳】、はんだんできない【判断できない】、ふあんない【不案内】
という言葉たち。「170 知る。分かる」のカテゴリーに当たる、つまり人間の認識や理解に関する言葉です。
p.293のほうに進みます……が、実は「不明」という見出しはありません。別の見出しのなかにありました。

ふけんしき【不見識】不見識な(意見。人)。不見識のきわみ。見識が(欠如している。問われる。ない政治家)。不明を素直に詫びる。▼不明を恥じる(己の。自身の。自分の)。良識が問われる。良識を欠く。無定見な(経営者。施策。政治家。発言)。無定見にテーマを決める。

つまり、「ふけんしき」という見出しのなかに、「無定見」とか「良識を欠く」といった類語と一緒にならんでいるわけです。そして、同じページには
しゅうさい【秀才】、ちえ【知恵】、ちてき【知的】、ばか【馬鹿】、はすっぱ【蓮っ葉】、まぬけ【間抜け】、むち【無知】、りこう【利口】
などの類語が載っています。カテゴリーは「95 賢い・愚か」でした。つまり人の賢明さとか、逆に愚かさを表す言葉たちです。

この例を見ただけでも、「不明」という言葉から、同じ見出しにまとめられた類語グループへ、そして同じページさらには前後数ページに並んだ(つまり同じカテゴリーにまとめられた)類語グループへと
連想が広がっていき、使いたい表現が見つかる
と期待できるわけです。しかも、同時にコロケーションもつかむことができます。

これが『てにをは連想表現辞典』の「連想表現」たる部分だったのです。

コロケーションも簡単に示されている類語辞典はほかにもあります(『現代語古語 類語辞典』や『使い方の分かる類語例解辞典』など)。が、連想を広げながら表現をさがすという観点から、これだけ豊富な用例(しかも、作例ではなく文学作品から採った実例)を見渡すことができるのは、この辞典ならではでしょう。

ところで、『てにをは辞典』は電子化の要望が高い一冊です。 コロケーションを調べるだけですから、たしかに電子化されたら便利かもしれません。しかし、こちらの『てにをは連想表現辞典』のほうは、電子化してもあまり意味がない辞書、書籍ならではの辞書と言えます。ある言葉を調べたら、同じページを、さらには
前後数ページを見渡すべき辞書
だからです。

『てにをは連想表現辞典』が実際に翻訳の仕事に役に立つのかどうかは、まだ分かりません。でも、こんな風に毎ページに言葉があふれ出してくるような、そんな辞書があるというだけで、なんかとてもうれしくなりました。

ちなみに、この姉妹辞書、帯ありで並べるとこうなります。

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そろえると、さらに素敵なデザインですよね。帯を外すと、こう。

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「ことばの海」

まさにそんな感じですが、「泳いでみる」というより、私は溺れそうになることもあります。