# 元興寺の妖怪

昨日は「特作」という大正~昭和的な言葉を見つけてつい遊んでしまいましたが、今日は今日で、日本語の類語辞典を調べていて、おもしろい言葉を見つけました。

それは、「なだめる」という言葉の類語を探して、EBWin4で『日本語大シソーラス』(初版)を引いていたときのこと。

引いていた言葉とはおおよそ無縁の、ちょっと異様な文字のつらなりが目に飛び込んできました。

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ん? んん? 元興寺?

元興寺? 元興寺?

しかも、それが5つ並んでいて、ぜんぶルビが違う。

がごじ? がごぜ? がごうじ? がんごじ? がんごうじ?

そのすぐ上に「べろべろばあ」などが並んでいるので、もしかすると「子どもをなだめすかすときのおまじない?」と見当はつくのですが……。

元興寺って、一般的な知名度はどのくらいなのかわからないのですが、私は2年前の奈良行きで訪れて、たまたま知っていました。

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詳しくはWikipedia(元興寺 - Wikipedia)などを見ていただきたいのですが、現存する最古の瓦葺きが今も残っている(この写真の裏の屋根にあります)という由緒あるお寺です。自分が最近知った古刹の名前が、いきなり類語辞典に出てきたこともあって、なおさら (・。・) になったわけです。

昼間は調べる時間をとれなかったので、ひとまずFacebookにこのネタを投下しておきました。そのとき使ったのは上のスクリーンショットではなく、LogoVistaの第2版です。

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すると、ほどなくして森口稔先生からコメントが。

「がごぜ」と読むと、元興寺に出た妖怪のことになるんではないでしょうか。

そして、

一応、DOJIEにも入れてます。

というお言葉。DOJIEというのは、森口先生が編纂したこの辞書のこと。Dictionary of Japan in Englishで通称 "DOJIE"。

英語で案内する 日本の伝統・大衆文化辞典

英語で案内する 日本の伝統・大衆文化辞典

  • 作者:稔, 森口
  • 発売日: 2018/06/21
  • メディア: 単行本
 
がごぜ 元興寺〔妖怪〕
the monster that appeared at Gangou-ji Temple in ancient times. It is said that the hairs of the monster still exist at the temple. The first YOUKAI (monsters and goblins) in Japanese history.

(YOUKAIは原文ではsmall capital) 

さすが森口先生というか、もしかすると関西ではわりとメジャーなんでしょうか?

ちなみに、DOJIEはとても楽しい辞書です。「伊賀忍者、甲賀忍者」の「伊賀」は「いが」ですが、「甲賀」のほうは、よく言われているように「こう」ではなく「こう」だと知ったのもこの辞書のおかげです。

 結論から言うと、「がごぜ」はわりとメジャーな妖怪らしく、単に私が知らなかっただけのようです。水木しげるの『ムジャラ』第3巻(中国Ⅱ・近畿Ⅰ)にも出てました。

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前にも見ていたはずなのに記憶に残っていなかったのは、元興寺という固有名になじみがなかったせいでしょう。

そこで、改めて国語辞典を引いてみると―

『広辞苑 第七版』と『大辞林 第4版』は、どちらも「がごぜ」が空見出しで「→ がごうじ」となっています。『広辞苑 第七版』のほうだけ引用します。

1. がんごうじ。
2.(元興寺の鐘楼に鬼がいたという伝説から)鬼の異称。狂言、清水「清水へまゐれば―が出でて人をくふと申すほどに」
3. 鬼のまねをして小児をおどすこと。がごじ。がごぜ。俚言集覧「元興寺ガゴジ、小児をオドス詞…奈良の元興寺の面のまねをして子供をおどす也」

お寺の名前そのものも「がごうじ」となまることがあるようですね。

そして、『精選版 日本国語辞典』を見ると、冒頭の『日本語大シソーラス』に出てきたバリエーションがすべて載っています。

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↑ これはATOKイミクルの画面。最近めったに使ってないのですが、こうやって一覧表示できるのは便利です。

ということで、「がごぜ」とか「がごじ」とか「がんごじ」とか言って子どもをあやす(おどす?)と。こういう言葉はきっと、日本全国にいろいろと、複数のバリエーションとして存在するのでしょうね

この妖怪の話、『日本霊異記』に出てきます。『日本霊異記』は、ジャパンナレッジ(パーソナル)に入っている東洋文庫でも読めます。