# ブロッコリー

唐突なタイトルですが、まあ、お読みください^^

翻訳学校の秋季授業が10月から始まり(すべてオンライン)、以前このブログでも取り上げた宮脇孝雄『英和翻訳基本辞典』を、初回の授業でも紹介しました。

英和翻訳基本辞典

英和翻訳基本辞典

  • 作者:宮脇 孝雄
  • 発売日: 2012/12/20
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

それもあって、 同じ著者の『翻訳の基本』を再読していたら、こんな記述がありました。 

翻訳の基本

翻訳の基本

  • 作者:宮脇孝雄
  • 発売日: 2012/04/01
  • メディア: Kindle版
 
たとえば,『リーダーズ 英和辞典』(第1版)で,broccoliを引いてみると,「大きく て丈夫なカリフラワー」と出ていたのだが,これもまた謎のような定義である.

え? リーダーズの第1版が出た頃(1984年)、ブロッコリーってそんな解説が必要なほど知られてなかった? と疑問に思ったのが、この記事のきっかけです。

007シリーズに『007 黄金銃を持つ男』という作品があります。まだ賛否両論だった3代目ボンド、ロジャー・ムーアの2作目で、敵役のクリストファー・リーのほうがずっとカッコよかったやつ。1974年公開で、当時中学生だった私が、007シリーズとしては初めて映画館まで観にいった一本でもあります。

そのとき買ったパンフレットに、裏ばなし的エピソードとして「ブロッコリー」の話が載っていたのでした。

007シリーズに詳しい方はご存じのとおり、このシリーズを生み育ててきた名物プロデューサーが、アルバート・R・ブロッコリという方です。で、そのパンフレットに載っていた話によると、野菜の「ブロッコリー」は、アルバート・R・ブロッコリの伯父さんがイタリアから持ち込んだのだということでした。

パンフレットにほかにどんなことが書いてあったか、まったく覚えていないのですが、なぜかこのブロッコリの話だけ今でも覚えています。つまり、1974年当時すでに、日本の食卓でブロッコリーはそのくらい一般的だったということです。

にもかかわらず、それから10年もたった1984年発行の『リーダーズ英和辞典 第1版』が、「大きくて丈夫なカリフラワー」とことさらに説明しているのは奇妙です。編纂にかかった時間を考えても、日本人に知られていない食べ物のような書き方は、宮脇さんも書かれているとおり、なかなかの謎と言えます。

と思いながら、あらためてリーダーズ第1版を見ると、broccoliの項目はこうなっていました。

a 大きくて丈夫なカリフラワー. b ブロッコリー, ミドリハナヤサイ

そう、実は宮脇さんが引用した「大きくて丈夫なカリフラワー」だけじゃないんですね。リーダーズの凡例によると、a b cというのは語義の下位区分ですから、リーダーズのこの項は、

ブロッコリーを「大きくて丈夫なカリフラワー」と説明している

のではなく、

「大きくて丈夫なカリフラワー」という意味も、「ブロッコリー, ミドリハナヤサイ」という意味もある

と読み取らねばなりません。だとすると、brocolli という単語には「ブロッコリー」という本来の意味だけでなく、文字どおり「大きくて丈夫なカリフラワー」を指す使い方もあるということなのでしょうか。いくつか調べてみましたが、そういう使い方はまだ見つかっていません。

百科事典も見てみました。日本には明治期にすでに入ってきていたそうですが、

ヨーロッパではカリフラワーとともに古くから広く親しまれている野菜であるが、日本には明治時代に導入され、カリフラワーに続いて、1980年代に需要を伸ばした。【日本大百科全書】

 日本での普及はかなり最近ですね。確かに、子どもの頃はカリフラワーしか見たことなかった気がします。

カリフラワーの原種と考えられている。【世界大百科事典】

発生系統ははっきりしてないようです。 

ちなみに、リーダーズの説明は第2版からこう変化しています。

a ブロッコリー (=sprouting broccoli) 《花蕾が緑色のものがもっとも一般的だが, ほかに白色種・紫色種もある》.
b ウィンターブロッコリー (=winter broccoli) 《ヨーロッパで広く栽培されている品種で, カリフラワーに似て花蕾が白色; ただし, より大きく耐寒性に富む》.

aとbに分かれていますが、第1版の分類とは明らかに違います。

もともと、植物や動物に関する記述は、辞典を作るうえで悩ましいことのひとつです。それが食用植物となると、英語圏と日本での食文化も関わってくるので、どの項目も編纂者にとっては頭が痛いに違いありません。

英和辞典を少し遡ってみると、こういうおもしろい発見があります。特に、『英和翻訳基本辞典』のように少し前に書かれた翻訳関連本を読んでいると、そこで参照されている辞書の版が今より古いので、その
新旧の辞書を引き比べてみる
という楽しみがあるわけです。古い辞書は捨てずに取っておきましょう。

 

ちなみに、野菜のブロッコリーが、007シリーズプロデューサーのブロッコリ氏の伯父さんに由来しているという話は、あまり確認できません。OEDを見ると、

1699 J. Evelyn Acetaria 16 The Broccoli from Naples.
1730 N. Bailey et al. Dictionarium Britannicum Brocoli, an Italian plant of the colly-flower kind.

という用例が載っているので、少なくとも言葉としてはプロデューサーの伯父さんより前から存在していたようです。言葉としてはあったけど、伯父さん氏がアメリカに持ち込んで、それで普及したのでその名が付いたということでしょうか。